23 月下の地下道
「こいつらを連れて行け」
ギランが紹介したのはボイルとクールという双子の団員だった。
警備団員の中では細身で、単純な戦力の補強でないことはラグにも見てわかる。
「潜入捜査や隠密行動に優れている。万一の場合の逃亡にも力になってくれるだろう」
「よろしくっす」
ボイルは力強くラグの手を握り、クールは油断なくラグを観察していた。
「一気に調べてリナを取り戻そうっす!」
「おれは絶対死にたくない……」
見た目はそっくりで話をしているときの顔つきも同じなのだが、言葉だけがまるでちがっていた。
「頼りにしてるぜ!」
ボイルは親指を立てた。
「頼りにしてるぜ……」
クールはラグの陰に隠れるように立ち位置を取った。
同じことを言っていても意味が違う。ラグは不思議な面白みを感じていた。
地下へ通じる階段は、牢屋の一室にあった。
一番奥の牢の床が、外れる石があり、その石を外すと初めて、他にも外れる石が出てくるという仕掛けになっていた。
あらわになった木製の床の取っ手を引き上げると、階段が現れた。
「これに気づく人はいなかったんですか?」
「老朽化が激しくて、普段は使われていない牢屋だと言われている」
真っ暗だったので手持ちのランプが用意された。
「これは一晩ならずっと明るさを保てる。そこのカバーを下ろせば光がもれない。周囲に不審な様子が見られたらそうして隠してくれ」
「魔道具か」
「便利だろう?」
団員たちにとって、魔力が使われているかは無視しているようだった。便利かどうかでしかなく、火か、それでないものか、という認識でしかなさそうだとラグは感じた。
ただ、ラグも大差ないので大きいことは言えない。肩からノワールの、魔力について勉強をしろという視線を感じるばかりだった。
「自分が先頭、ラグが真ん中、クールが後ろでいくっすよ!」
ボイルは言った。
「了解」
「了解……」
石段も、壁や天井も整備されていて非常に歩きやすい。
「警備団の石段も、ここを作った人に直してもらいたいくらいっすよー」
「無駄口、たたくな……」
軽い調子でしゃべっている二人だったが、ラグは感心していた。
まず足音がしない。集中して聞いてやっと聞こえるくらいの小さな音だ。それも歩き方を一歩ずつ変えているので均等なテンポではない。雑音に思わせる工夫がこらされていた。
ラグも真似てみる。
「ラグ、お前やるなっす!」
「その巨体でその足音、才能ある……」
「お前たちほどじゃない」
しゃべりかたも、どう工夫しているのか、近距離でふわりと漂ってくるような音だった。響いて遠くまで聞こえることはないだろう。
「もうちょっと降りたら広くなるっすよ」
階段は何度か折り返していたが、ボイルの言ったとおり、階段が終わり天井がすこし高くなった。
「待て」
クールが、道が広くなる直前で止めた。
前に出たクールが通路を調べる。
「これは……」
クールが立ち上がり、のけぞるような姿勢で足を伸ばして、つま先で通路の一点を打った。
風を切る音がして、針が通過した。クールがまっすぐ立っていたら頭の位置だっただろう。
「なるほど」
床の一点を踏むと発射する、おそらく毒針だ。
ごていねいに、針は反対側の壁にあたって落ちるのを防ぐため、穴が空いていてそこに吸い込まれるように消えていた。針が飛んだことに気づかない者もいるだろう。
「針、見えたみたいっすね!」
ボイルが言った。
「目線が変わる直前にワナを仕掛けると効果的だ」
「ダグラスはこのワナのことを言っていなかった」
ラグは言った。であれば、ダグラスはラグたちを狙っている可能性がある?
「あの出入り口自体、何年も使われてなかった感じなんで、たぶん副団長も知らなかったんじゃないっすか?」
「ダグラスは、わりと、うかつなやつ……」
クールが言う。
「ということは、リナはここを通ったわけではない……?」
「たぶんそっすね」
ボイルは軽く言った。
「でも、調べなきゃだめっしょ。明かり消しましょか」
ボイルが明かりの覆いをかける。
目がなれると、ぼんやりと壁の一部が発光しているのが見えてきた。
道に従って地面に列のような線が、ほのかに緑色に発光して見えた。
ノワールがうなった。
「その猫ちゃん、だいじょぶっすか?」
「問題ない」
「じゃ、行きましょか」
あっさりした返事だった。
道が広くなってもやはり、整備されている。石がしっかりと並び、その様子はある意味で、ここが光導院の本拠地にも思えるほどの精密さだ。
「扉っすね」
道の途中に扉があった。
位置関係としては警備団詰め所の真下だろう。
鍵はかかっていない。
開くと、半球形の広間があった。
やはり精密なつくりをしている。
二十人くらい入ることができそうだ。端の人は天井が低いが。
「床になにか描いてあるな」
同心円状に円が4つ描かれており、円の中に、絵のような、文字のようなものがいくつも描かれていた。
「魔法陣っすかね」
「どういうものか知っているか?」
「知らないっすねー。知らないっすわー」
ボイルは大げさに首をひねった。
ノワールがラグの肩から降りて、部屋を歩き始めた。
「どうしたんすか、猫ちゃん」
ラグは黙って見ていた。
ノワールはひとつずつ、絵だか文字だかわからないものを見ていった。
そしてラグの肩にもどる。
「クソだるそうにゃあ……」
「ラグ? なんか言ったっすか?」
ああ、聞こえるのか、とラグは咳払いをした。
「いや。なにか面倒なことになりそうだ、というひとりごとだ」
「にゃ、って言ってなかったっすか?」
「猫がいるとたまにそうなる」
「猫語っすか? 意外っすね」
ボイルは笑った。
「無駄口たたくな。次行くぞ……」
クールが言った。




