22 街の構造
詰所の医務室は静かだった。
ベッドに横たわるギランの太ももには包帯が巻かれている。出血が多かったためか顔色は白くなっていたが、視線はしっかりとダグラスをとらえていた。
一度は牢に連れて行かれかけたダグラスだったが、強く訴えてこの場に残ったのだ。
後ろ手に縛られ、床に膝をついて、口を開く。
「光導院の施設は聖堂だけではありません」
ダグラスは言った。
「セランダの地下に網の目のように広がった地下道があります」
「それは警備団でも承知しているだろう」
「警備団が知っているのは、セランダの地下の数十分の一です。光導院が把握している地下道は、セランダの街の敷地全体の、三分の一に及びます」
「なんだと」
ギランは表情を変えた。
「地下道の数、長さで、誘拐など、警備団に知られずに行えたのです。ラグが見つけた誘拐事件は本当にたまたま、その日は地下道の入口が利用できなかったため、夜に遠回りをしたときに見つけられたにすぎません」
「……お前は誘拐を把握していたのか」
「はい」
ダグラスはすぐ言った。ごまかすつもりはないという決意にも感じられる早さだった。
「誘拐を行っていたのか」
「いえ! いえ、それはしていません。誘拐は、光導院の、手を持った者です」
「手?」
言ってから、ギランははっとした。
「誘拐犯の首飾りか」
「光導院の小指しかない首飾りの真の意味は、持たざるものの意味です。救われるべき持たざるもの。そして、手の首飾りは、持てし者の意味です」
「なんのためにそんなことを行っている」
「光導院は、力を受け止められる才能を持つ人間をさがしています。それがセランダのためになると。リナは特に、人類のためになることですらあると」
「そんなことを信じたのか」
「おれは見たんです。奇跡を」
ダグラスは言った。
「母はおれをひとりで育ててくれました。その母の病気を、医者は見放しましたが、光導院の司祭が救ってくれたんです。どれだけさがしても医者は見つかりませんでしたが、奇跡はあったんです」
ラグはダグラスの様子を観察していた。
遠くを眺めて夢見心地、といった様子ではない。いたってふつうに説得しようとしているように感じられた。
だからこそ、おかしくなっているともとれるのだが……。
「魔法に、なじみがなさそうにゃ」
ノワールが言った。
言われてみれば、ラグはこの街でほとんど魔法を見ていない。
魔道具ならいくつか見かけたが、彼らは深くその意味を考えていないようでもあった。単に、便利な明かりとしか思っていなかったり、頑丈な素材としか思っていないようであったり。
「重い病気を治す魔法はそれなりに高位にゃ。奇跡にしか思えないかもしれんにゃ」
「警備団が光導院を信仰するのがまずいは承知してます。でも、無視できなかった。俺にとっては、警備団も光導院も、どちらも、本当に大事なんです」
ダグラスは絞り出すように言った。
「むう……」
ギランは声をもらした。
「だから子どもをさらっていいのか?」
ラグは言った。
「必要だからさらうなんて、山から出てきたばかりの俺のようだな。実に短絡的だ。お前たちは言葉を尽くして、話し合うんじゃないのか?」
「……そうだな」
ギランはうなずいた。
「よく言うにゃあ」
ノワールはこっそり笑った。
「ダグラスのしたことは許されることではない。そしておれの無能もまた、同じことだ。見逃すことは許されない」
ギランは言った。
「ダグラス。リナはどこにいる」
「……正確な場所はわかりませんが、光導院は、地下道のいくつかの地点に、ホールというか、祈祷室として使える空間を用意しています。三ヶ所あります。光導院の地下、領主の館の近く、それから」
ダグラスは視線を落とした。
「ここの地下です」
「なに!?」
「その三つのどこかにいると考えられます」
「特別な祈祷とはなんだ」
「リナは今夜、力を集める器となります。その祈りです」
「特別な力?」
「いつだ」
ラグが待ちきれずに言った。
「今夜、月が重なるとき、と言っていたが……」
「具体的にいつだ」
「月は出てるか!」
ギランが言う。
団員のひとりが、医務室の窓から外を見る。
空の色はオレンジと紺色が混ざり合おうとしていた。
「出ているかもしれないが、まだ夜とはいえないか」
「領主の館はどこだ」
ラグは言った。
団員のひとりがざっと紙に街の全体図を書いた。警備団、光導院、そして領主の館を書き込む。
ラグは記憶し、医務室を出ようとすると、待て、とギランが声をかけた。
「潜入なら人をつける」
「俺だけでいい」
「お前は力づくで入っていくだけだろう。リナを人質にされたらどうするつもりだ」
「リナに危害を加える間も与えない」
ラグはポケットから石ころを取り出し、それを指の力だけで弾き飛ばした。
入り口のドアノブが吹き飛び、穴が開いた。ほとんど魔法のようであり、一連の動作を見ていなければ、ラグがなにをしたのかもわからないだろう。
「問題ないです」
「ラグ。お前は、リナが自分から光導院に協力する、といったことも考えているかにゃ?」
ノワールは言った。
「ありえない」
「人を助けるために、本心とは別の行動を取ることは自然なことにゃ。お前にそれがすべて予想できるかにゃ?」
「……」
「お前が全力で行動することが、前進とはかぎらないにゃ。そんなことでは、子育てなんて夢のまた夢にゃ」
ラグは深く呼吸をした。
「協力を頼みたい」
ラグは言った。ノワールは、うむ、と満足そうに言った。




