21 警備団団長
ギランはセランダに生まれた。
幼いころから体が大きく、同世代の友人に暴力を振るったり、からかったりしながら中心的な存在になっていた。いわゆるガキ大将と言われる存在だった。
転機となったのは12歳の冬だった。
日頃のうっぷんを晴らすため、ギランを待ち伏せしていた少年たちは、集団でギランを襲った。左腕を骨折する大ケガを負ったが、それ以上に傷ついたんはギランの心だった。
ギランは彼らに対して、腹を割ってなんでも話せる仲間だと思っていたのだ。
ギランは雪の降る路地裏でじっと考えていた。
傷が治ってからもギランは友人たちから距離を置き、ひとりで考える時間が長くなっていた。
そんな彼に声をかける大人がいた。
その日もギランは、街の敷地内にある丘に座り、ぼうっと過ごしていた。
「どうした坊主」
警備団の団員だった。
よく酒を飲んでいて、警備団の落ちこぼれだとささやかれている男だった。ギランも最初は、酒臭い男に嫌悪感を示していた。しかし自分にお似合いな相手なのではないかと、一緒の時間を過ごすことが多くなった。
彼は自分の失敗談をよくした。酒を飲んで遅刻したとか、会議の話を聞いていなくて怒られたとか、女性との約束を忘れて振られたとか、いくらでも出てきた。
やはり彼は落ちこぼれなのだとギランは思ったが、あるとき認識を改めた。
「お前はなんかあるか?」
彼はギランに言った。
ギランはなにも言えなかった。
自分の失敗を語ってみようと頭をめぐらせるだけで、体がこわばった。
そんな話はなにもできなかった。失敗談を語ることすらできない人間なのだ。
彼はギランの隣で、静かに酒を飲んでいた。
13歳になって、ギランは警備団の入団試験を受けに行った。
入団に年齢制限はないが、15歳程度から入団することが大まかな基準となっており、誰から見てもギランは体力的に劣っていた。
帰れと言われるまで帰らなかったギランを見て、彼が声をかけた。
「合格だ、坊主」
ギランは毎日訓練に汗を流した。
現在よりも言葉は厳しく、優しく手を取って教えてくれる団員はいなかった。
手の指はめくれ、泥にまみれ、生傷はたえず、それでもギランは一日も休まなかった。そればかりか、毎日の訓練以外にも夜中まで剣を振った。
一年も経たず、ギランは他の新米団員と並んで訓練を行えるようになった。
「がんばってるな、坊主」
ギランが夜に剣を振っていると、彼がやってきた。酒を飲んでいた。
「また飲んでるんですか」
「飲めねえなら死んだほうがいいや」
彼はケラケラ笑った。
「よくクビになりませんね」
「まあな」
彼は落ちている棒を拾った。
「ちょっと振ってみろ」
ギランは剣を振ろうとする。
振り始めたその剣を、棒切れで止めた。
「もっと体を使え」
「ぐ」
ギランは振ろうとするが、剣は動かない。
「どうしたどうした」
「そんな上の方で止められたら動かないですよ」
「じゃあ貸してみろ」
男は剣を受け取り、代わりにギランに棒を渡した。
ギランは同じように剣を止めようとしたが、男はあっさりと棒を切断した。
「ちょっと教えてやろう」
男は笑った。黄色い歯が見えた。
男は警備団の団長だった。
「最近調子いいじゃねえか坊主」
「もう部隊長です。坊主はやめてください」
「なあにが部隊長だ。ちょっと腕がましになっただけじゃねえか。上に立つってことがわかってねえ」
「酒は飲んでませんよ」
「ふっ、くくっ、言うじゃねえか」
「どうした坊主。しょぼくれた顔して」
「……部下が、ついていけないって言うんです」
「誰もお前みたいにやれねえってことだ」
「しかし、警備団に必要なことです!」
「必要かどうかは、よく見て、よく話さなきゃわからねえよ」
「話はしてます」
「へへ。どうだろうな」
「……どうした坊主、しょぼくれた顔して」
「団長!」
「……団長はおめえだろうが。しっかりやれ」
「まだ、教えてほしいことが山ほどあります!」
「……おれが教えられることは全部教えた。あとはお前が自分で勉強しろ」
「できません! 団長!」
「……へへ。酒、ひとくちくれや」
「団長……。どうぞ」
「……へへ、……あーそうそう、これよこれ。……ギラン、頼むぞ……」
「団長。団長、団長!」
ギランはダグラスに向き直った。
「お前は光導院とつながりがあるのか」
「……はい」
「他にもつながりのある団員はいるんだな?」
「はい。40人ほど」
「40……」
ギランは首を振った。
ため息をつき、団長、とつぶやいた。
「……わかった。お前はリナの身柄を拘束したことを把握しているな?」
「いえ、おれは」
「俺に、仲間に対して拷問をさせるのか?」
「……すみません。医務室から女性団員に車椅子を使って移動させました。ただし、光導院側に引き渡したので、どこに行ったかはわかりません」
「ラグ、悪いがこいつらを見ていてくれ。拘束させる」
「無理だ」
ラグはすぐ言った。
「どこかに行ったらどうする。お前がこいつらと同じだという保証はない」
ラグはギランに厳しい目を向けていた。
ギランはすこし考えて、懐からナイフを取り出した。
それを自分の太ももに突き立てた。
「団長!?」
ダグラスが声を上げる。
「う、ぐ……。これで、激しい運動はできない……。人を呼んでもどってくるだけだ……。信用してもらえるか……」
ギランは顔をゆがめた。
「なんでそんなことを!」
ダグラスが目をむいた。
「団員の罪は、おれの、罪だ……」
「いいだろう」
ラグは言った。
「ありがとう」
ギランは近くの部屋に団員を呼びに行くと、すぐもどってきた。
団員たちがダグラスたちを拘束する。
「残りの、光導院とつながっている団員もさがせ!」
「はい!」
ギランはダグラスを見た。
ダグラスが、うっ、と気圧されるようにのけぞる。
「……すまなかったな」
「は?」
ダグラスは間の抜けた声を出した。
「おれは、団員のことを、なにも見ていなかった。なにもだ」
「団長……!」
ダグラスは歯を食いしばった。
ギランが指示をすると、肩を借りて医務室に向かった。
ダグラスたちは牢に移され、ギランは医務室から指示を出すことになった。
「リナ……」
ラグは数人の団員たちと詰め所を出た。




