20 入り込んでいる
警備団詰め所に入ったラグはそのまま医務室に向かった。
「リナ?」
部屋には誰もいない。
ベッドの下やカーテンの裏などもさがしたがどこにもいない。
「師匠」
「いないにゃ」
「どこですか」
「わからんにゃあ」
ラグは二階、団長のギランがいる部屋まで向かった。
「ラグ? どうした」
「光導院に抗議に行ったら拘束された。強引に脱出をしたが、もどってきたらリナが消えていた」
「なに?」
ギランは立ち上がった。
「リナはどこにいる」
ラグが言うと、ギランは眉を寄せた。
「どういう意味だ」
「警備団は光導院と仲間なんだろう。早く言え」
「どういう意味だと言っているんだ」
「意味がわからないのか? 時間を稼いでいるのか? ダグラスと同じだな」
「なにを言っているんだ」
「団長!」
ダグラスが駆け込んできた。
「ああ、ラグ、早いな。団長、実は光導院で拘束されかけまして」
ダグラスは息を切らせていた。
ラグは冷めた目を向ける。
「団員が全員光導院の仲間とは、かぎらないにゃ」
「え?」
ラグはノワールを見た。
「ダグラス、どういう状態だ」
ギランは言った。
「どうもこうも団長、抗議に行ってさんざん待たされたと思ったら、出入り口が閉められて、出られなくなるところでしたよ。ラグがなんとかしてくれたんで、出られましたが」
「お前たち警備団は光導院と組んでいるのだろう」
ラグが言うと、ギランは腕を組んだ。
「なぜそう思う」
「ダグラスは、抗議に行ったわりに光導院の言いなりだ。やたらに長く待たされても文句を言わず、メリダと結果の出ない話し合いばかりだ」
「話し合うのは当然だろう?」
ギランが言った。
「それで帰ってきてみればリナがいなくなっていた。俺の不在を狙ったかのようだ」
「警備団の警備よりもラグ、お前ひとりのほうが強力だとでも言わんばかりだな」
「違うのか?」
ラグが言うと、ギランはすこし笑った。
「しかしリナがいないというのはよくわからんな……」
そのときだった。
ガチャガチャ廊下から聞こえてきたと思ったら、武装した団員たちが部屋に入ってきた。
20人はいる。
「団長、しばらくおとなしくしてもらえますか」
団員のひとりが言った。
「どういうことだ」
「こういうことです」
ダグラスはにやりとして、やってきた団員たちの先頭に立ち、剣を受け取る。
「すばらしい器が手に入ったのですよ。団長」
ダグラスは剣の先をラグに向けた。
「この計画をじゃますることは、団長といえども許されない」
「ダグラス、なにを言っている」
「察しが悪いですなあ」
ダグラスは、首元から細い鎖をたぐって引き出した。
小指が立てられた、光導院のマークがあった。
「警備団は特定の宗教、団体に所属することは認められていないぞ」
「正しいことをするために不要なルールは変えるべきでしょう?」
ダグラスは言い、おだやかに微笑んだ。
他の団員たちも同じような表情に変わっている。
「器とはリナか」
ラグの言葉は無視された。
「もうしばらく、二人にはここでゆっくりしてもらいましょう。さすがにこの人数、しかもうちの精鋭だ。相手できないでしょう?」
ダグラスがラグに言う。
「それとも、やるかな?」
「当然だ」
ラグが前に出る。
「ほう。新入りが急に武器を持って暴れだしたので、やむなく殺してしまった。悲しい事故だ」
ダグラスが言った。
「なに?」
「君のことは、リナによろしく言っておこう」
「やめろ」
ギランが言う。
「ラグも冷静になれ。おれはお前のことを信頼してもいいと思っているんだぞ?」
「冷静になるのはあなたたちの方だ。力量の差がわからないのか? あの扉を壊したのは俺だ」
「多少のバカ力はあるようだね」
ラグはノワールを見た。
ノワールは興味なさそうに、ラグの肩で軽くのびた。
「やれ」
ダグラスが言うと、団員たちが剣を構えてラグに襲いかかる。
「ラグ!」
ギランがラグを止めようとしたが、つかもうとしたラグの腕がするりと抜けた。
団員は一列になり、安易なサイドステップは許さない。ひとりひとりが達人であり、振り上げずぎりぎりまで剣先の行く先を悟らせない鋭い突きだった。
ラグの巨体がなめらかに床の上を滑る。
体を横向きにしたラグは突きの間をぬるりと通り、掌底で正面の団員を吹っ飛ばす。
体の向きを変えつつ蹴りまとめて三人倒すと、機敏に向きを変えた相手の突きを、床の物でも拾うようにリラックスしてかわすと足をつかんで持ち上げた。
それを振り回す。
うなるような音を立てて迫ってくる同僚に、ためらい、反応が遅れた団員たちがなぎ倒されていく。
気づけば立っている者はダグラスだけになっていた。
ラグは持っていた男を横に捨てる。
やっとノワールの機嫌がなおった。
「俺を止めたければこの街全員で来い。それでも足らんがな」
「バカな……」
「リナはどこだ」
「くっ」
ダグラスは剣を構える。
「ダグラス……、いつからこんなことになっていたんだ。ダグラス!」
ギランがなにも持たずにダグラスの剣の前に出た。
剣先がギランの胸にふれる。
ギランがさらに前に出ようとすると、ダグラスはたまらず剣を引いた。
「リナがどこにいるかは知らん。それは本当だ」
「お前が本当のことを言うつもりがないのはもう知っている」
「なんでも知ってるわけじゃない! ごく一部の人間しか知らんのだ!」
「ならごく一部の人間のところへ案内しろ」
「それは……」
「こうなりたいか」
ラグは、落ちていた、誰かの肩の防具を拾った。金属製だ。
それを、ぐっ、ぐっ、と手で丸めた。
ダグラスの足元に投げる。
ゴン! という落下音に、びくっ、とダグラスが体を揺らした。
「リナを出せ。そのために全力を尽くせと言っている。意味がわかるか?」
「それは交渉じゃなくて脅迫にゃっ」
ノワールがうれしそうに言った。




