19 力こそパワー
扉には、しっかり握ることができる取っ手がついている。ラグはそれを握った。
「なにをしているのですか」
メリダだった。二階から、お供を従えて階段を降りてくる。
「扉を開けようとしている」
ラグは言った。
「この扉は常に開放されています。もし、閉じているとすれば、それは良くないものをこの中に閉じ込めておくためです」
メリダが言うと、お供の者が、おお……、と声をもらした。
「閉じ込める? だったら、中に入れないほうがいいんじゃないか」
「良くないものであっても、救いを与えるのが、この光導院なのです」
メリダが言うと、またお供の者が、おお……、と声をもらした。
「どういった良くないものが中に?」
ラグは言った。
メリダは微笑んでラグを見る。
「我々が悪だというのですか!」
ダグラスは声を上げた。
「わたしが決めているのではありません。光導院が決めているのです」
「ふざけたことを! 一般人になにをしたのか、わかっていないのか!」
「わたしたちは、救いを与えているだけです」
「貴様ら!」
ラグは、メリダとダグラスの会話を聞いていた。
正確には、その会話を見ているノワールの様子をうかがいながらだ。
ノワールは興味なさそうに二人の会話を見ている。あくびさえしていた。
ラグも、熱っぽく語るわりには、両者から熱気のようなものをあまり感じなかった。
「師匠、あれは演技ですか?」
ラグは小声できいた。ノワールはちらっとラグを見ただけだった。
とすると、彼らの関係は……。
「そこまで言うなら、我々にも考えがある!」
ダグラスは拳を振り上げた。
信者たちが、ひっ、と声を出す。
「侮るな! 暴力ではない! 我々警備団も立ち上がる! そして、領主やり直し選挙を要求するのだ!」
「なんということでしょう。そのようなことが認められるとは思えません」
「認められるかどうかではない! 我々が」
「どうするにゃ?」
話を無視してノワールが言った。
「時間を稼がれているということですか」
「にゃ」
ラグは扉の前に進んだ。
取っ手を握る。
力を込めて引いた。
押した。
動かない。
「どう思うにゃ?」
「実体、に見えて実体ではない?」
「にゃにゃにゃ」
ノワールは変な声を出した。
「なかなかおもしろいものにゃ。きっと、これはこいつらがつくったんじゃないにゃ」
「では?」
「古代の結界の流用にゃ。押しても引いてもだめなら、どうするにゃ?」
「……もっと力を込めます」
ラグは取っ手を握って力を込めた。
腕、上半身、下半身、すべての筋肉を膨らませ、全身を固定して押す。
もはや、扉という考えは捨てる。
壁を押す。
取っ手がもげた。
まわりの人間が息をのむ。
ラグは取っ手をその場に捨て扉に手をあてると、押し込んだ。
手応えがある。
ドラゴンとの戦いを思い出した。硬い鱗と魔力の二重障壁で、どちらかに意識を向けるとどちらかに跳ね返される。
ならばどうするか。
鍛え上げた筋力だ!
「っ!」
筋肉で押す。
その力が丸ごと跳ね返るかのように扉から押される。
ならばとラグはさらに力を込める。
それが返ってくる。
さらにさらにとラグは力を込める。
それすら返ってくる。
またたく間に、ラグと扉の間の力が爆発的に増大し、そこには強風が吹いているかのようだった。
ラグは前に出る。
このやりとりの天井がどこにあるのかを確かめるように力を込める。
笑顔はない。しかし没頭する様子は楽しげですらあった。
力が決壊する。
扉の一部が割れ、奥に倒れた。
人間が通り抜けられるくらいの穴が空いていた。
メリダがわずかに悲鳴を上げる。
「にゃ、にゃふ、こんなものを力押しで壊せる人類はお前だけにゃ」
ノワールが肩を震わせて笑ってる。
「ありがとうございます」
「頭を使えと言ってるにゃ。練習させてやろうとしたのににゃ」
にゃふふ、とノワールが笑った。
それから、くふにゃ、にゃふ、ふにゃ、と変な声で笑う。
ノワールは一瞬だけ真顔になり、壊れた扉を見た。
ごくごくわずかな時間であり、ラグすら気づかないものだった。
「こいつ、魔力を筋力でぶっ壊すの、やめろにゃ、にゃふ」
笑いのツボに入ってしまったノワールが落ちないよう、ラグは抱きかかえると、扉の間を出た。
「待て! おれも行く!」
とダグラスが出てきたが、ラグは無視して走りだした。
なにかかけられた声は遠ざかり、まっすぐ警備団を目指した。