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18 移送

 医務室のベッドではリナが目を閉じていた。ラグは隣に立っている。

 ゆっくり胸が上下している。

 声をかければ目を開くだろう。だが体は重そうだった。


「ラグ、ちょっといいか」

 医務室の入り口に現れたのは、副団長のダグラスだった。

「はい?」

 ラグは廊下に出た。


「これから光導院へ行くことにした。一緒に来てくれ」

「なぜです?」

「警備団として正式に抗議をする。リナは食堂の一部のメニューのためにここにも出入りしている。他人とはいえないし、それ以上に。そうだな、やられっぱなしにしておきたくない」

 ダグラスは苦々しい顔をした。


「状況はさっき話しましたが」

「光導院の反応が悪くてな。どうも、ごまかされかねない」

「ごまかす?」

「どうやら、リナの気分が悪くなったところへラグが来て、おかしなことを言って連れ帰った、というストーリーを考えているようだ」

「事実ではないですが」

「お前の人柄はわかっているが、光導院がそういう立場を取れば、世間的には光導院のほうが立場が強い」

「しかし」

「だから行くんだよ。警備団としては、お前たちの話を尊重する」

「え?」

「お前は、ただ身元の証明をしてもらうためだけに団員になったかもしれねえがな。うちはちゃんと人を見てる。お前は団員なんだよ」

 ダグラスは、パン、とラグの背中を叩いた。


「でかい背中してんな」

 とダグラスが笑う。




 ラグ、ダグラスと数人の団員が出発すると、医務室に別の団員が入ってきた。

 女性団員だ。

「失礼します」

 その声でリナは目を開いた。


「リナさんを別の診療所に移送することになりました」

 団員は説明すると、別の女性団員が、椅子を押しながら入ってきた。椅子の下部には木製の車輪がついており車輪には布がかたく巻かれていた。

 音もなく床を進む。


「この椅子に座れば、自分で歩かなくても移動ができます。乗れますか?」

 リナはベッドで起きあがった。まっすぐ座っているつもりだったが、いつの間にか傾いていた。

 手でベッドをおさえて、自分の姿勢を強く意識して、やっとまっすぐ座っていることができた。


 団員が手を出したが、リナはゆっくり首を振った。一度起きあがってしまうとすこしマシになった。

 リナは慎重に車椅子に体を移した。


「ラグは?」

 リナはまわりを見た。


「副団長と光導院に抗議に出かけました。リナさんの扱いに対する抗議です」

「私の……」

「行きましょう」

 団員は、リナの体を隠すようにタオルケットをかけると、帽子をかぶせた。つばから薄い布がたれており、顔が見えなくなる。


「これは……」

「体調が悪いときに、他の人に見られたくないでしょう」

「ありがとう、ございます……」

「では参りましょうか」

 車椅子を押してゆっくりと進む。


 リナはまた意識が遠のいた。眠りに落ちるというより、もっと強く、沈められていくような感覚だった。

 エルドが現れる。持っていた箱を車椅子にかぶせると、大きな荷物にしか見えなくなった。

 そのまま、女性団員が押す車椅子は医務室を出て、裏口から警備団を出た。

 医務室には、現在立ち入り禁止という札がかけられた。




「では、こちらでお待ち下さい」

 ラグとダグラスはすんなりと光導院一階の部屋に通された。一階は聖堂を中心に、いくつか部屋がある。それは光導院内部での話し合いであったり、祈りを捧げる場だったりと、様々な使い方をされていた。

 この部屋は六人ほどが同時に食事ができそうなテーブルと椅子があるだけの、簡素な部屋だった。

 窓はなく、壁に金属の丸い板が飾られていた。大きさはラグの手のひらくらい。

 小指が立てられた行動院の印が描かれていた。

 他にはなにもない。


 しばらく経った。

 ちょっと呼びに行って手間取っている、という時間ではない。

 ラグはそれほど時間がかかると思っていなかったから、もう話し合いは終わっているつもりの時間だった。

「いつまでかかるんでしょう」

「わからん。だが、結果がもらえるまでは、おれは帰らんつもりだ」

 ダグラスは腕組みをしていた。


 ラグは席を立った。

「呼びに行ってもかまいませんか」

「それは良くない。入れ違いになるかもしれないだろう」

「気をつけます」

「それに、相手の印象が悪くなる」

「抗議に来たのに、気にしますか?」

「それはそうだ。不必要に印象を悪くする必要はないだろう」

 ラグはドアを開けた。


「ラグ」

「空気を入れかえるだけですよ」

 ラグは席にもどった。


「肩の猫はどうした」

「警備団に置いてきましたよ」

「そうだったか……?」

 


 ラグはノワールの足音に意識を集中させた。

 ほぼ聞こえないが、ノワールはラグにわかるよう強めに、特徴的な高い音を出していた。

 ノワールは一直線に警備団に走っていた。走っていると言ってもほとんど跳んでいるだろう。単独行動なら速度としてはラグより速い。

 ラグは不審に思った。ほとんど警備団内部に立ち寄っていないのに、もどってくる。


 光導院に帰ってきたノワールは、ラグの肩に収まる。

「リナは警備団にいなかったにゃ」

 ラグは立ち上がった。


「どうした? ……猫がいるじゃないか」

 ダグラスはノワールを見た。

「先に帰ります」

「なに?」

 ラグが出ていくと、ダグラスが追いかけてきた。


 入ってきた、大きな扉が閉じている。

 ラグが手をかけたが、扉は動かない。

 ダグラスは大きく手を広げた。

「おいおい、これはどういうことだ。おーい!」

 ダグラスの上げた声が入口のホールに響いた。


「誰か来てくれないかー。まったく、これはどうしたことだ」

 ダグラスは言った。どこか芝居がかった言い方だった。

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