16 器
振り切るのは一瞬だった。
体調が万全ではないリナの体を揺らさないように走りながらであっても追跡を許さない速度で走った。
「警備団へ行くにゃ」
「わかりました」
警備団詰め所の裏口に到着した。
「誰か!」
ドアが開く。ぐったりとしたリナを抱えたラグに、団員が驚いたように小さく声を出した。
「どうした」
「リナを休ませたい。リナの自宅では誰かやってくるかもしれないから、ここにいさせてほしいのだが」
「入れ」
医務室のベッドに運んだ。
医師がざっと診察してから、カーテンが開く。
「うん。意識もあるし、しばらくここで休んで様子を見たらいい。わたしはあっちにいるから」
医師は、団員の私室の方を指した。
「ありがとうございます」
リナが言うと、気にするなとでもいうように医師は軽く手を振って出ていった。
「どうだ?」
ラグはベッドの横にある小さな椅子に座ろうとしたが、重量に耐えきれない気がしたのでラグは尻をすれすれで浮かせた。
「花が、見えた……。お父さんと、お母さんが……」
「昔の話か」
「実際のことかどうか、覚えてない……」
「洗脳だろうにゃ」
ノワールが言った。
「あの部屋は魔術が増幅できるような模様でベタベタだったにゃ。いつもそういうふうに使ってるんだろうにゃ」
「メリダにはどのように誘われたんだ」
「え? 荷物の整理を……。メリダさんはだいじょうぶだったの?」
そう言われてラグは、リナは、メリダも被害者側であるかもしれないと考えていることに気づいた。
「メリダは問題ないだろう」
「すごくうれしかった」
リナはどこかうっとりしながら言った。
「うれしい?」
「ずっとあそこにいられたらよかったのに」
「しかし、もどってきた」
「ラグが呼んだような気がしたから」
「それだけでもどれるわけないにゃ」
ノワールは言った。
「この娘、ふつうじゃないにゃ。ただの人間が、なんの訓練もせず耐えられるものではないにゃ」
「どういうことです?」
ノワールは毛づくろいをした。
光導院。
奥の間。
メリダのところへ信者がもどってきた。
「リナは見つかりましたか?」
「い、いえ、おそろしい速度で消えてしまい」
「言い訳ですか?」
「い、いえ! いますぐ!」
信者は大きく首を振って、頭を下げて部屋を出ていった。
「見つからないか」
部屋の奥にいる男が言った。
「もうしわけありません」
メリダが深く腰を折る。
「やはりあの少女は……」
「はい。まさか意識を保つとは思いませんでした。使徒の器と思いましたが、神の器かもしれません」
「必ず見つけよ」
「はい」
メリダは目を開いた。
「来なさい」
奥の間の奥、小さなドアが開いた。
そこから黒いローブの男たちが四人現れた。
低い姿勢でメリダの前に集まり、ひざまずく。
「リナを連れもどしなさい。ラグという男とは、正面から戦わないように」
メリダの青い瞳が輝く。
男たちは無言で深く頭を下げると、ドアから去っていった。