15 声
リナは光で満ちた空間にいた。
やわらかい光。足元から草花が広がり、涼しい風が吹いていた。
白い雲が流れていく。
手には作りかけの花冠があった。
これは誰に作っているのだったか。
花の香りが強く、むせかえるほどだ。
誰かが近づいてくる。父と母だ。おだやかな笑みを浮かべていた。
リナは二人の脚にしがみつくように抱きついた。ゆっくりしゃがんで、そっと背中をなでる母。
待っていたのだ。ずっと、ずっと。
ずっとずっと!
「お母さん! お父さん!」
もうひとりにはなりたくない!
ずっと一緒にいて!
「ずっと一緒よ」
声がした。
「お母さん! ……お母さん?」
母の声ではない。
いや、母の声だったか?
どちらでもいいか。
リナは、両親の体温に身を任せた。
これでいい。
『両親がいたのか?』
無骨な声がした。
誰の声だっけ。
……ラグ。
「ラグ?」
頭の奥で、ゆっくりと像を結ぶように姿が浮かんだ。
一気に跳んできたラグは、光導院の敷地直前で体を高速回転させ勢いを殺し、音もなく着地した。
まだ炊き出しの後片付けをしている人たちが三人いたが、あまりの自然さに、ラグが跳んできた光景を、自分の見間違えだと考えて作業にもどった。。
ラグはまっすぐ光導院の建物へと歩く。
白く大きな建物は、いまやラグにとって異物としての印象が大きくなっていた。
入り口から入ろうとする。
が、止まった。
「これは?」
ラグはノワールを見た。空間になにかある。
そのまま進めば蜘蛛の巣のようなごくごく軽い抵抗があるだけだろう。
しかしそのせいで探知される。結果、敵に追い回された経験があった。あのあと、面倒なことを! とさんざん、ラグはノワールに叱られた。
「よく覚えてたにゃ」
ノワールは鼻からふん、と息を吐くと、前足でちょんちょん、と空間をさわった。なにかを巻き取って観察する。
「よし」
ノワールが言う。見た目にはなにも変わらない。
ラグたちは建物に入った。
「二階にゃ」
ノワールの言葉に従い、ラグは階段を上がって、3つ目の部屋のドアを開けた。
「リナ!」
部屋の中央には、振り返ってラグたち見るメリダが。
その近くには、床に手と膝をつき、どこか許しを求めているようにも見える姿のリナがいた。
「あら。勝手に入ってこられては困りますね」
メリダはゆっくりと言った。
「自由に見て回っていいはずだったが」
ラグが堂々と言うと、ノワールは笑いをかみころした。
「施設の各部屋に勝手に入って良いわけがないでしょう?」
「次から気をつける」
「とりあえず、退出してください」
「リナになにをした」
「リナさんは……。体調をくずされているのです。これは、女性特有のものですから、男性が入ってこられては困ります」
「ずいぶん魔術的要素の多い部屋だにゃ」
ノワールの言葉を、ラグは伝えた。
「壁、天井、床。すべてが、中に入った人間の精神を強く圧迫するものにゃ」
ラグが伝えると、メリダは平然としている。
「あなたもわたしも、特に変調はきたしていないようですが」
「俺は慣れている。あんたもだろう」
「なにを、おかしなことを」
「リナ! だいじょうぶか、リナ!」
ラグが近づこうとすると、メリダが二人の間に立つ。
「おやめなさい! 誰か! 誰か来て!」
こいつ殴ってもいいか、とノワールに確認を取ろうとラグはちらっと見た。
無理に決まってるだろうという目でノワールが見返していた。
リナ。
名前を呼ぶ人がいる。
誰の。
私の名前だ。
ラグ。
大きな人。
変な人。
正直な人。
常識のない人。
まっすぐな人。
ラグ。
ラグ!
リナが目を開けると、ラグと、メリダが言い争っていた。
「ラグ?」
リナが言うと、メリダが目を開いて振り返った。
「まさか! あそこからもどってくるなんて!」
「どうしましたメリダ様!」
部屋の入口に白装束の信者がやってくる。
「行け」
ノワールがラグの耳元でささやくと、ラグはリナを抱き上げ、部屋の出入り口に向かって走り出した。
突進してきたラグに、思わず信者たちがたじろいで道を開けそうになる。
その隙をついて、飛び上がったラグは屈伸して体を小さくしドアの上のすき間から抜け出した。
そのまま走り抜け、あとは、信者がラグをどう止めるか、と意識する前にすり抜け、階段を一気に飛び降りて外に出た。
リナは、自分がスプーンかなにかになってしまったかのように軽々と運ばれていることに、驚きと、どこか安心感を持って身を任せていた。