12 手
ラグが荷車を引く音が低く響いていた。
リナはミソン少年の肩を支えながらついてきた。少年はまだ震えている。二人ともまだ、闇の中から現れる黒いローブ姿を想像して体をこわばらせていた。
やがて詰所の明かりが見えてくるとリナが歩調を早めた。ラグも合わせる。
「誰だ!」
警備団員たちが駆け寄ってきたが、ラグと、荷車の上の黒ローブたちを見るなり顔色を変えた。
「ラグだがわかるだろうか」
「もちろん! どうした」
「詳しくは中で話したい」
団員はリナたちを気遣いつつ中に導いた。
ラグは裏口から、荷車ごと詰所に入ると二階から、副団長のダグラスと呼ばれる男が現れた。立派な体格の中年男だったが、ラグの話を聞くうちに眉間にしわを寄せた。
「こいつらが誘拐犯……」
ダグラスは団員に指示し、男たちを縛り直させた。手首は後ろでしっかり、足は、自分でちょこちょこと歩ける程度の歩幅を作らせる。そして目隠しをした。
ノワールがラグの首をちょんちょん、とさわる。
「ああ、それと、全員同じ首飾りをつけているようだ」
「首飾り?」
ダグラスが近くの誘拐犯に手を伸ばすと、体をすこしねじって抵抗したが、低い声で一喝するとまっすぐに立った。
「これか」
全員同じ、広げた手のひらのデザインだ。
「光導院は、小指を立ててるものだったにゃ」
ノワールの言葉を、ラグが伝える。
「たしかに。これは……、つまり、光導院と逆のことを示しているのか?」
ダグラスは腕組みをした。
「光導院をおとしめようという集団かもしれん。とにかく牢に入れて尋問をし、すこしでも情報を得る。それとラグ。この件は周囲には黙っておいてくれ」
「なぜだ?」
ラグは言った。
「光導院は、街の人間の心の支えになっているところもある。特に恵まれない人間のな。それが恨まれているとなれば、いらぬ動揺を招くことになる。まだ不確かなことばかりだ」
「わかりました」
ラグはうなずいた。
「保護した少年は、親のところに連絡をし、今日はここで泊まってもらう。襲われる可能性は低いと思うが、念のためだ」
「リナも残っておいてもらいますか?」
「……そうだな。ラグもいるとはいえ、そのほうが安全だろう」
ラグはあいさつをして、警備団の建物を出た。
暗い道を歩く。
ラグは聴覚に集中した。足音は聞こえない。
「ラグ、どう思うにゃ?」
「犯人は捕まりました。ただ……」
ラグは、山で見かけた虫を思い出していた。
組織で活動していたその虫は、エサを取りに行く係、巣で養育を行う係、外敵と戦う係、巣の管理をする係、ボス、としっかり分かれて行動していた。
「彼らがなにかをするために考えて行動していた、というより、行動をするための係、のように感じました」
「うむ。わしもそう思うにゃ」
「ということはどういうことですか?」
「知らんにゃ」
ノワールはしっぽを揺らしていた。
「警備団もそれくらい考えるだろうにゃ。知ってることも、わしらより警備団のほうが多いだろうし、あとはおまかせにゃ」
「そうですね」
「ま、しかし、ラグ。お前はなにかに足を突っ込んだという自覚を持つことにゃ」
「計画を妨害した、敵、ということですか?」
「恨みを買ったということですか?」
「かもしれんにゃ。だから、リナを置いてきたのは正解にゃ」
静かな夜道。
ラグはふと空を見上げた。
雲の切れ間から、わずかに星が瞬いている。
不意に視線を感じてラグは立ち止まった。
感覚を研ぎ澄ます。
しかしわからない。
「どうかしたかにゃ?」
「気のせいでした」
ラグは言って歩きだしたが、リナの家にたどり着くまで、感覚は研ぎ澄ましたままだった。