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01 強いだけの男

 地中深くの洞窟で半裸の男が立っていた。

 荒い呼吸をし、血を流している。ドラゴンブレスのやけどや、爪で深々とえぐられた傷がある。


 その正面には体に大穴が空いたドラゴンが横たわっていた。

 なにか言葉を発したが、それがはっきり意味を持つ前に巨体が霧のように消えた。


「ラグ、よく勝ったにゃあ」

 物陰から出てきた黒猫が、のんびりと言った。

「師匠。なんとか……」

「これで500年は平和が保たれるにゃ」

「ありがとうございました」

 ラグは自分の体の様子をたしかめた。内臓に達している傷がある。

 猫が光った。すると内臓の傷がふさがった。周囲の傷もじわじわと治療されていく。


「これでこの世界に、お前と並び立つ強さの者はもういない。あとやるべきことはひとつだけにゃ」

「なんでしょうか」

「子づくりにゃ!」

「は?」

 ラグは、ぽかんと口を開けた。


「世界の脅威を排除したら、お前の力を受け継ぐ存在にゃ! 子作りにゃ!」

 猫師匠ノワールは、堂々と言い放った。



「あれが街か」

 一ヶ月後。

 ラグは体の傷をいやし、体調を整えた。

 居住していた場所から移動し、ノワールの指示した山の頂上に移動していた。

 眼下に街がある。

 街は高い壁に囲まれている。あれで外敵の侵入を防ぐのだとラグは想像した。

「師匠。あそこにたくさん人間が住んでいるのですね?」

「そのとおりにゃ!」

 ノワールは満足そうに言って、ラグの肩に乗った。


「ラグよ。子作りにはどうしたらいいか、説明できるかにゃ?」

「力づくではなく、対話し、依頼します」

「理由は?」

「子作りをするとしても相手の希望があるはずです」


 ラグは、これまでに出会った動物の営みを思い返していた。

 踊りのような動きや、歌うような声、体を見せ合うなどの行為。あるいは強引に、力づくで子作りを行っているようでも、そこにはその生物たちによる独特のルールがある。


「互いに、希望する相手との子作りをしていました」

 望んでいるのは、強い個体であることは間違いない。

 だが、強さというのはその動物ごとに異なる。単純に敵を排除するだけでなく、生き残ること、エサの獲得がうまいことなど、それぞれだ。


「残念ながら、自分は、対話が得意ではありませんが」

 ラグは生まれてからほとんどの時間をノワールと過ごしていた。

 体を鍛え、地上でも有数の戦闘力を持っていると自負していたが、人間との生活は経験がなく、会話もほぼない。

 一般的な人間にとって、会話と呼べるものかもわからない。


「ふふん。会話は、それほど難しいことではないにゃ」

「といいますと?」

 にゃふん、とノワールは咳払いのような声を出した。


「女に、子作りをさせてほしい、と頼むにゃ!」

 ラグは拍子抜けした。

「直接、そう頼めばいいのですか?」

「ラグよ。人間に許されたコミュニケーションはなにかにゃ?」

「言葉ですか?」

「そうにゃ! 言葉を使う生き物は他にもいるがにゃ? これほど細かく使うのは人間だけにゃ! わしも、言葉は気に入っておるにゃ!」

 ノワールはノドをゴロゴロ鳴らした。


「そして、お前は最強にゃ!」

「なるほど。強い個体である自分はつまり、しっかり頼むだけでいいのですね?」

「そうにゃ!」

 言われてみると、ラグは気が楽になった。

 子作りの入口に立っていると思っていたが、すでに出口が近いということか。

「ん?」

 ラグは街とは別の方向に目を向けた。

 

 山中。

 耳を澄ます。

 聴覚に意識を集中し、感度を上げていく。

 木々の葉のこすれる音。鳥の声。

 それと。


「女。数人の男。どうやら両者は争っているようです」

「お前の力を見せるにゃ」

「なるほど」

 自分の力を示すのに絶好の舞台が用意されたというわけだ。


 ラグは彼らの位置を意識する。

 これから自分が跳躍する軌道を頭に描き、脚の筋肉に集中した。

 膨れ上がった筋肉。

 充分な力を用意できた。


 地面を蹴った。


 木を飛び越え空気を切り裂く。

 彼らを視界にとらえて空中で回転、着地。

 筋力を跳躍と逆に使い勢いを殺す。


 ラグが立ち上がると、彼らはあぜんとしてラグを見ていた。

 ラグは女性に向き直る。

「君と子を残したい。頼む」


 女性は、一歩だけ後ずさった。

「い、いやー! ……!? なんて?」

 女性は与えられた情報量に脳がパンクしようとしていた。

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