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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

個人企画に参加してみた。⑤と⑥

雪山の洋館と、消えた五人目

作者: モモル24号


 長く暑い夏のような日々が終わり、ようやくウインタースポーツのシーズンが到来した。スキーを楽しむために、冬休みを利用して雪山を訪れた四人の大学生の男女がいた。


「リフト並ぶのマジだりぃ」


「せっかく来たのに混み過ぎね」


 佐久間(さくま) ヒロトが愚痴を溢すと、安倍 美幸(あべ みゆき)が相槌を打つようにように続ける。スキーを楽しむにはリフトで運んでもらうのが早いわけだが、冬の娯楽を楽しみにしてやって来たのは彼らだけのはずはなかった。


「四人で揃って来れただけで良かったじゃないか」


「アッキーは、じめり過ぎ〜」


 不貞腐れるヒロトに対して、荒れないように場を収めようと木島 明(きしま あきら)。彼が柄にもない事を言っているのがわかり、すかさず田崎 夏海(たさき なつみ)が茶化した。


 小学校、中学校とずっと同じクラスだった幼馴染の四人。高校は別々の学校に進んだ。しかし大学は同じ学校へ進学する事が出来た。


「ヒロトが受かると思ってなかったよね」


「んだよ、またそれかよ。俺はやれば出来るやつなの」


 去年の今頃は四人共必死こいて勉強していたかと思うと、つい一番危なかったヒロトをいじりたくなるようだった。裏を返せば嬉しさの現れ。ヒロトという青年への信頼がそこにあった。リフトを待つ間の暇つぶしにヒロトいじりをしていたが、行列は中々進まない。


「リフトが一つ故障だってさ。せっかく再会を祝って旅行の計画立てたのにぃ」


「だよね。やっとこさ、冬季遠足の雪山の誓いを果たしに来れたってのに。これじゃあ上の方も人で溢れてるかなぁ」


 美幸と夏海がスキー板を抱えながら、リフトの行く山の上手を見上げた。彼らは小学生の頃にこの雪山へと遠足で来た事があったのだ。当時は現在(いま)より空いていて、リフトも彼らの学校の貸切に近かったものだ。


「へへっ、あの時は夏海が雪山のお化けに取り憑かれるって、泣き喚いていたよな」


「はぁ? それあたしじゃないし」


「でた。夏海の必殺すっとぼけ」


「おいおい、あんまりからかうなよ。いっつも本気になって喧嘩になるんだからさ」


「アキラってば、すぐ止める。あたしに気があるの?」


「ないない。あれば夏休みにバイト三昧なんかしてないさ。そもそも皆で遊ぼうなんて言い出さないだろ」 


「アキラ‥‥アウト。それ地味に傷つくやつだよ」


「す、すまない」


 退屈凌ぎにはしゃぐ四人。人混みの多さに雪が溶けるのではと軽口をたたく。再会の祝杯は合格発表の後に行っていた。久しぶりに集まって楽しかったから、本当は夏に旅行に行く予定でいた。あいにく旅行先が台風直撃でで中止になり、それならばと四人の思い出深い雪山へやって来たのだ。


 寒波の襲来で警報級の降雪になった地域もあるので、四人は密かに祈っていた。どうも四人で何かをしようとするとケチがつく。あえて口にはしない。ただ仲の良さの陰に、抱えている思いは四人ともあるようだった。


 ようやくリフトに乗る順番が回って来た。待ちくたびれ冷えて動かない身体をほぐしながら、四人は急ぎリフトへと乗り込む。


「ほら、来たから乗るよ。美幸とアキラは外側。ヒロトとあたしが内側ね」


 実力にさほど差はないが、運動神経で夏海がパッと乗る位置を決めた。ヒロトは当然と喜び、アキラはムッとしていた。


「はいはい。次はアキラを内側にするからむくれないの」


 なんだかんだ仕切りたがる夏海だが、フォローも早い。我の強い幼馴染四人が上手くやって来れたのは彼女のおかげと言っても良かった。


 リフトで雪山のゲレンデの上まで来ると少し雪混じりの風が強くなる。吹雪で視界が悪くなると滑るのは危険なので、リフトの運行は、間もなく中止になるだろう。


「雪で埋もれてる景色は同じなんだけど、昔はもっと広かったよね」


 美幸が昔見た光景との違いを口にした。子供と大人では身長も違うため、見える景色も変わるのだろう。


「俺らの誓いの場所付近で、雪崩が発生しやすいからどうとか言ってなかったか」


「それは昔からよ。気にする必要ないよ」


 四人が目指すのはリフト降り場からさらに山へ入った所だ。当然立ち入りは禁止されている。昔は立ち入りを禁ずる簡素なロープすらなくて、自由に遊べたものだ。


「人がいなくなるの待とうか。あたし、シューズ直すフリするよ」

 

 四人は人のごった返すゲレンデを見回し、人の多さにうんざりした。彼らとスキー客とでは目的が違う。怪しまれないように時間を稼ぎ、人が減るのを待つ。


「散々リフトで待たされて、上でも我慢大会かよ」


 思い切り滑りたい何組かが中々滑り降りてくれず残っていて、ヒロトがイライラしだした。吹雪が強くなっているので、四人も確認だけ済ませて早く滑りたかったのだ。


 リフトから運ばれてくるスキー客がいなくなり、ようやくチキンレースも終了した。吹雪の強さを危惧し、次々と残っていた連中が視界から消えて行った。


「俺らもいくぞ」


 リフトの修理や管理する職員を除けば、スキー客は四人しか残っていなかった。職員達はリフトを使って降りる客がいない事を確認すれば、仕事へ集中する。ヒロトの声で四人は彼らの視界から消えた。立ち入り禁止区域へと入り込んだからだ。


 雪国の吹雪の中は、濃霧に近い。水気たっぷりの雪の塊と違い、細やかなせいだろう。霧の水滴の一粒一粒が凍ったようなものだ。


「前、全然見えねぇ!!」


 雪雲がガス状に立ちこめ、ホワイトアウト現象が四人を襲う。昼間で明るいはずなのに、見えない雪霧。とっさに近くの友人の服を掴むので精一杯だった。ヒロトの声を最後に四人は『白い闇』 に、包まれ声すら届かぬまま雪山の中へと消えた。



 ⋯⋯リフトが動かないので自力で雪の斜面を上がり、貸切状態のスキーを楽しもうとする輩はよくいる。雪山を舐めたスキー客が、急な猛吹雪に襲われて遭難する⋯⋯よくある話だった。スキー客でごった返す宿泊先のホテルも人手不足だ。起こさないで下さいという札の掛かった部屋の中を、チェックアウトでもないのに、いちいち確認する事はなかった。遭難している四人が口に出さなかった厳しい現実。助けなど来ない‥‥誰よりも四人が甘い希望に身を任せられない事実と知っていた。



 白い闇に呑まれ絶望しかけた夏海とアキラは白い壁に行く手を遮られ足を止めた。そして自分達の仲間の数が合わない事に気がつく。


「あれっ、アキラだけ? ヒロトと美幸は?」


「わからん。僕は目の前の夏海のスキーウェアを掴んで、付いて来るのがやっとだったから」


「嘘でしょ? あたしも美幸のウェアを掴んでいたはずなのに‥‥」


 とっさに掴んだスキーウェア。前が見えなくてもヒロトが先頭、美幸、夏海、アキラと自然に数珠つなぎで歩いて来たと思っていた。


「寒さで手の感覚がないんだろうな。この壁、建物の塀だ。中に行けば二人もいるかもしれない」


 白い闇が少し弱まり、夏海とアキラの前に雪に埋もれた壁が見えた。深い雪に足を取られながら壁をつたって進むと壊れた門があり、その先に雪化粧された白い洋館がうっすらと見えた。寒さを凌げるかもしれない。そう思った二人は激しい疲労を押し殺し建物へと向かう。


 訪れた男女が重々しく飾り立てられた扉を前に叫んでいた。猛吹雪の中をやって来たというのにタフな親友達の姿があって、夏海とアキラはほぅっと安堵の息を吐いた。


 大きな玄関扉は吹雪に曝され凍りつき、人の侵入を拒んでいた。ヒロトがガシガシと扉を蹴破ろうとするが、凍ってなくても頑丈そうな扉は破れないだろう。


「ヒロト、何してるのよ」


 視界の悪い吹雪の中、夏海とアキラの接近と声に美幸が先に気づきヒロトへ知らせた。二人の無事な姿を見てヒロトは少し安堵した表情をする。


「遅せえよ、二人とも。ここは金持ちの別荘だろ。中へ入れば食い物があるかもしれないし、吹雪は凌げるだろうと思ってよ」


 別荘‥‥つまり空き家。人が住んでいるようにも見えない。こんな所に立派な二階建ての洋館があるのも驚いた。寒さと疲労で身体が重い。不法侵入の罪を承知で四人は中へ入れそうな場所を探した。


「ねぇ、この大きさなら裏口くらいありそうじゃない? 最悪窓割れば入れるわよね」


 美幸が大胆な提案をした。こんな吹雪の中、外で過ごしていれば間違いなく凍死する。美幸の案に乗り、四人は建物の裏口を探す。


「ここ、勝手口じゃないか?」


 雪の積もった小さな屋根に守られて、普通の住宅の玄関くらいのドアがあった。


「壊してでも入ろうぜ」


「いつもなら止めるが生命に関わる‥‥手伝うよ」


 ヒロトとアキラが珍しく意見を合わせた。鍵は掛かっていた。玄関扉と違い雪で扉が固まっていないのが幸いした。ガタガタとドアノブをガチャつかせていると、寒さで弱まった金具が脆く割れた。


「よっしゃ、開いた! 中へ入らせてもらおうぜ」


 ヒロトの声に安堵の気持ちが含まれる。猛吹雪の中歩き続け、遭難しかけたのだ。雪の吹かない建物内は静かで天国のように暖かく感じた。


「見てよ、ひどい鼻水。氷のパックをしていたみたいだよ」


 中へ入ってホッとしたのか、通路に飾られた姿見に映る自分の姿を見て、夏海はぼやいた。


「ちゃんとゴーグルつけないからだよ」


「顔なんか後で拭けばいい。もう少し暖まれる場所探そうぜ」


 外よりはマシになり、安心感を得られた。そうなれば冷えきった身体を暖め、食べものや飲みものが欲しくなるというもの。


「なんか薄暗いね。お化け屋敷みたい⋯⋯」


「吹雪で外も暗いせいと、雨戸が閉められたままなせいだろうな」


「ここはやはり裏口だったな。チッ、食料らしきものはないか」


 不安がる美幸に、アキラとヒロトが強がるように言葉を吐く。


 入った裏口は小さな玄関のスペースになっていて、雪を落とし上履きに履き替えられるように大きめの下駄箱や、収納があった。使われていない古い長靴や、子供用のスキーウェアが残されたままだった。


「⋯⋯」


 四人は押し黙り、収納のスキーウェアから目を逸らす。何となく予感はしていたのかもしれない。死にたくなくて猛吹雪の中にやって来た先に、偶然起きる救いなどない事に。寒さに震え迷い込んだ先が、亡くなった魂の縁ある建物だとわかったのだ。


「俺は中へいく。外に居たって凍えるだけだ」


「そうね。明るくなって雪が止むまで動きようないもの」


 ヒロトと美幸の言葉に夏海とアキラも頷く。


 若い男女は寒さに震えながら、低温障害で起動の怪しいスマートフォンを取り出す。通話は不能でも明かりくらいには使える。館内はすでに暗く、明かりなしでは危険だった。四人は重たい足どりで、寒さを凌ぐ事の出来そうな部屋を探しはじめた。


 四人がおそるおそる進むと、厨房らしき部屋にひと昔前のガスコンロや、開きっ放しのドアの先には水の枯れた洋式のトイレがあった。水道もガスも当然使えない。


 洋館の中央あたりの大きな部屋にたどり着いた。黴臭い建物に残るのは雰囲気だけ歴史を重ねた、重厚さのある家具ばかり。埃の積もるテーブルには古びた蝋燭台があり、使い終えて劣化した蝋燭の塊がこびり付いている。

 

 壁には埃と煤で黒ずんだ絵画が飾られていた。故人が趣味で描いた肖像画だろうか。額縁は傷んでいる。修復した所で価値のあるようには見えない代物だ。


「広い部屋だな。古いホテルのロビーみたいだ」


 アキラがスマホをかざして部屋の様子を伺う。開かなかった正面玄関扉からまっすぐ入った部屋。古い大きな暖炉が奥にある。


「この暖炉を使えばあったまるかな」


 夏海がキョロキョロあたりを見回し、火種になりそうなものを探す。


「このボロい椅子、壊して燃やそうぜ」


 ドガッ!!


 ヒロトが鈍い破壊音鳴らし、乱暴に椅子の一つを破壊した。長年放置された誇りが舞い、四人は慌てて頭のゴーグルをおろし、フェイスマスクで口を覆う。


「サイアク〜。でも見て、百均ライターがあったよ」


 使い古しの安物のライターを夏海が見つけた。埃が収まるのを待って、壊れた椅子の破片を暖炉まで運び火を付ける。カチッカチッとヒロトがフリント・ホイールを回す。殆ど使われていなかったせいか、部品が埃か何かで詰まり回りにくい。


 それでもオイルが残っていたのでボッと、火がつく。壊れた椅子の綿や木片に炎が移り、暖炉の中で暖かな輝きを増す。


「‥‥あったかい」


 吹雪で積もる雪で煙突が塞がれていないか不安だが、煙が室内に充満することはなかった。家主に見つかれば、色んな罪に問われるだろう。それでも凍えた身体を暖めてくれる炎の熱に溶かされ、四人は黙って暖炉を囲んでいた。


 暖かな炎に身体が少しずつ温まると、四人にドッと疲労が押し寄せて来た。暖炉を灯す燃料は豊富だ。暖が取れると自然に眠気が襲い、腹も空いてくる事だろう。


「今のうちに交代で火の番や、水や食べる物を探さないとな」


 アキラがポツリと告げた。先ほど感じた不安を思い出したようだ。寒いのに、猛吹雪の中を歩いて体力と水分を失っている。一晩くらいは我慢がきいても、助けが来なければ雪山の中の洋館で餓死する可能性だってある。


「それなら男女二組に分かれる?」


「いや、何かあった時に困るだろ。俺と美幸、アキラと夏海で動こう」


「えーっ、あたしアキラと組むよりヒロトがいいな」


「はぁ? 俺だって選ぶ権利はあるぞ」


「なによ、不満?」


「あまり騒ぐと体力なくなるぞ」


 ホッとしたのもあって、暖炉の前でようやくいつもの調子を取り戻す四人。結局この古びた洋館へやって来た時の組み合わせに落ち着いた。暖炉の炎の明るさで、ここが食堂を兼ねた館の中央だとわかった。玄関側には階段が二つあり、二階のおそらく寝室などに繋がっているようだ。


 ヒロトたちは充分に身体を暖めた後に、一階の残りの部屋を探る。この館は正面玄関が一つ、奥にあたる部分に裏口がそれぞれあった。暖炉のある食堂を挟むように外側に廊下がある。強烈な冷気を防ぐためだろう。四人が入って来た裏口とは別の一画は大きな浴室と薪置き部屋らしき部屋だった。


「やはり俺たちがここへ入った部屋が食料庫も兼ねていたようだな」


 収穫は火に焚べるための薪だけ。缶詰の一つでもないか期待したがなかった。水はヤカンを見つけたので、美幸が綺麗そうな雪を詰めて一度溶かして洗い流し、再び雪を溶かして使う。


 飲み水、薪を確保した所で探索と火の番を交代した。光源がスマホだけでは心許ないので薪を松明にしようとしたが、危ないので止めた。


 夏海とアキラは二階を探しに行く。二階も学校の教室のように壁側が廊下になっていた。片方はゲストハウスなのか、ベッドや棚しかなく、物置らしき収納に布団やシーツがしまわれたまま埃を被っていた。


 もう片側は洋館に住んでいた者たちのプライベートルームのようだ。状態も悪くない。二階が下の階より家具や絵画などの状態が良いのは、暖を取るのに灯油のストーブやエアコンを使っていたためで、煤けてないからだろう。


「アキラ、この部屋って⋯⋯」


 四畳ほどの子供部屋があり、そこだけは昨日まで使っていたかのように生活感があった。小さめのベッドには布団や毛布が起き上がった際に乱れたままで、学習机には筆記用具が散らかっていた。


「⋯⋯あの子の使っていた部屋だ」


 思い出したくない現実。四人が雪山へやって来たのは、ウィンタースポーツを楽しむためではない。再会を祝う旅行でもなく、約束を果たすためだった。


「約束したのは美幸なのに‥‥分かっていて避けたよね」


「⋯⋯」


 実際に起こった話だ。当時は雪山の麓で子供だけに流行る奇病で亡くなるケースがいくつもある。雪山で雪だるまの中に埋められ亡くなった女の子の、怨霊の仕業だと噂になって地元でかなり話題になっていた。


 女の子だけが狙われる雪山の妖怪。流行ったという奇病がちょうど雪だるまにされた子供が、寒い中放置された症状だったせいで恐れられた理由でもある。偶然かどうか定かではない。病が先に流行り、そんな噂が立ったとも言えるからだ。


 しかし噂の後押しをしていた病の治療法が確立する。奇病で生命を失う子供がいなくなってからは、噂になることもなくなり人々の記憶から忘れ去られていった。

 


 四人の通っていた学校は別の地域だから、呪われるような事はない。しかし雪山へ遠足に来た時に、地元の悪戯好きなおじさんにそんな怖い話を聞かされてしまえば、子供の大半は恐怖に震えてしまうものだ。


「あたしは知らなかったんだもん」


「そうだな」


 夏海が震えるように言葉を吐き出す。噂が廃れた頃、雪山の遠足で再び事件が起きる。子供たちが遊びのつもりで一人の女の子を雪で固め、人間雪だるまを作ったのだ。


 無邪気な、しかし残酷な遊びで女の子は凍えて亡くなったという。雪だるまのように剥き出しの手は霜焼けになっていた。流行り病の症状のように。子供達に悪意があったかどうかはわからない。


「忘れよう。あれは頼まれてやった事だろ」


 最初に自分より小さい女の子に頼まれたのは夏海だった。雪だるまを作ってほしいと。雪の降らない地域から雪山へ遠足に来ていた夏海は喜んで作ってあげた。あとから雪山の噂の話を聞かされて、怖くて震え泣いた。噂は噂。噂通りならば夏海は助かるはず。


 ────だが同じように頼まれた美幸の反応は違った。美幸は雪山の雪だるまの妖怪の話を知っていた。だから望み通りに、小さな女の子を雪だるまにしようと四人に持ちかけたのだ。


 ()人に。美幸の提案に驚いたのも確かだが、もう一人の記憶が夏海にはない。仲良し四人で集まった時に、雪山の出来事をふと夏海だった。ずっと仲良しだった四人は今日このメンバーのはず。


 思い出したくなくて、夏海は自分が自分で記憶を失ったかと思っていた。そして記憶にないのは、雪だるまの妖怪を倒したのではなく、五人目の親友をみんなで雪だるまにしてしまったのかと思ったのだ。


「ねぇ、昔行った雪山の遠足の事覚えている?」


 夏海の質問にヒロトは苦々しい表情で頷き、アキラは「ああ」 と暗く返事をしていた。美幸も「楽しかったよね、覚えてるわよ」 と笑った。


 夏海は自分の感覚がおかしいのか自分を疑った。雪山の思い出にはもちろん楽しい要素はあった。けれど、その後の事件を思えば笑えない。雪山の限定された地域の妖怪のような話を知っていた美幸が、事件の事を知らないのだろうか。美幸のいない時を狙ってヒロトとアキラに相談すると、確かめてみようと話が進む。


「来てみて分かっただろ。美幸におかしな所はない。あればヒロトはとっくに殺されてもおかしくない」


「それはあたしらの目があるからでしょ。ここならあたしらまとめて始末出来るじゃん」


「自分が遭難するリスクが大き過ぎるだろ。妬いてるのか夏海」


 三人が罪の意識を芽生えさせる中で、あの体験を楽しいと返した美幸の猟奇的な思考も疑った。だが思い出の中で、美幸の姿はいたって普通でみんなが悲しい時は一緒に泣き、楽しい時は誰よりも笑った。冷めているようで、感情は豊か。アキラの言うように、美幸がおかしな所はなかった。


「ならさ、五人目はどうなの」


 記憶があやふやなのがもどかしい。雪だるまにされたのが、雪だるまを作ってと頼んで来た少女だったのか、仲間の誰かだったのか思い出せない。


 雪が溶けて消えたように、記憶が溶けてなくなってしまったようだ。美幸がなんとなく怖い。覆っていた仮の姿が雪の世界で溶けて、本性を現すなんてあるのだろうかと、夏海は恐れた。


 夏海とアキラは暖炉まで戻る。ヒロトは胡座をかいて壁に寄りかかり、腕を組んで仮眠を取っていた。美幸は火のそばでしゃがみ込んで座りウトウトと眠りかけていた。


「無事なようだな」


 ヒロトの様子を見て二人はホッとした。気がついた美幸が怪訝そうに二人を見る。


「大学で再会した時に、雪山(ここ)の話をしただろう」


 アキラが理由を説明すると美幸は呆れたように笑う。


雪山(ここ)へわざわざ来た理由がようやく納得言ったわ。第一その理屈なら一番怪しいの夏海よね」


「あたし? あたしだって言うのならさ、わざわざ疑問を口にしないでしょ」


 美幸がわけのわからない理由で疑われていた事に憤慨する。雪山へ来た本当の理由を美幸だけは知らされてなかった事も不満だったようだ。夏海は夏海で、自分自身を疑った事もあるので美幸の疑いは今更だ。


「落ち着けよ、二人とも。ヒロトも僕も君らとそれぞれ行動して問題なかったんだ。記憶から消えた五人目を確かめるべきだろ」


 アキラは自分やヒロトも問題はないと告げ、五人目を気にする。夏海も頷き、ヒロトも同意した。美幸は不服そうだったが、揉める気はないからと協力を了承した。


「それで、どうやって俺らの記憶から消えた五人目を探すんだ。真っ暗で吹雪く外へ出て雪だるまを作れっていうのかよ」


 暖炉の側は暖かくとも、外はまだ吹雪が収まっていない。洋館へ逃げ込んでから随分と時間も経っている。水を作るための雪を取りに外へ出た時、雪は膝の高さまで積もっていた。一晩でどれくらい積もるのかわからない。ヒロトは五人目の事よりも古びた洋館の中で孤立した状況の方が不安だった。


「五人目を確認する方法ならある。遭難した四人が閉じ込められた山小屋で四角に立つ話、聞いたことあるだろう」


 建物の構造上、四人いる事で成立するホラー話だ。四角の人間が順番に壁づたいに移動してリレーのようにタッチして場所を変えていく。四人目が一人目の所へ行くと、本来いないはずの一人目の場所に人がいたという話だ。


「あれは狭いし暗闇で、ろくに顔も知らない同士だから成立する話でしょ。そもそも作り話だもの」


「作り話かどうか確かめて見るって意味もあるのさ。夏海だって納得したいだろう?」


「それはそうだけど‥‥」


 面倒そうなヒロトと美幸。不安そうな夏海を押し切り、アキラは皆を食堂の四角へ移動させた。ヒロト、美幸、アキラ、夏海の順番で部屋の壁づたいに移動することになった。夏海が怖がり、最後は嫌がった。


雪山(ここ)へ来る事になった言い出しっぺは夏海なんでしょ」


「はぁ? 決めたのはみんなでしょ。あたし一人悪いみたいに言わないでよ」


 美幸の言い方にカチンときたのか文句は言ったものの、夏海は渋々承知した。どうしてこんな所まで来てしまったのか。みんなを巻き込んでしまった不安と申し訳なさで夏海は後悔していたのだ。


「じゃあ、俺から行くぞ」


 五人目を炙り出すゲームが開始する。暖炉の炎の明かりで、広い食堂もテーブルや椅子が見えるくらいだ。ヒロトが美幸のいる角まで歩いて行き、美幸とパチンッと、ハイタッチを交わして足を止めた。美幸がアキラのいる角へ向かい、アキラと同じようにタッチし留まる。アキラは夏海のいる角へゆっくり動き出し、怯えて震える夏海の肩を軽く触った。


「どうした?」

「夏海?」


 足音が止まったため、夏海とアキラのいる角を見て、ヒロトと美幸が声をかけた。


「さあ、行けよ」


 動こうとしない夏海の背中をアキラが押した。四角‥‥いや正確には三隅だけが聖域かのように室内に圧迫感が生じる。ヒロトが動き出し、美幸にタッチした瞬間から夏海は見えてはいけないものが見えてしまったのだ。五人目がそこに待っていたからだ。


 背中を無理やり押された夏海は、ようやく思い出した。雪山へ確かめに行くように、三人をしきりに誘導したのはアキラだったと。夏海がヒロトに気があり、同じ気持ちの美幸と争っているのを止めるのはアキラの役目。自分に気があるのだとからかっていたのに違った。アキラは始めから‥‥雪山で雪だるまを作った日からずっと狙っていたのだ。


 美幸は別として、ヒロトや夏海にはトラウマしかない雪山。毎年冬が近づくと話題に上げたのもアキラ。思い出を美化して雪山の誓いなどと言い出したのも、アキラが最初だ。


 五人目などやはり初めからいなかった。いたのは古びた洋館の⋯⋯暖炉の魔人だった。


「なんだよコイツは」


「アキラそっくりね」


 ヒロトも美幸も最初の角の黒い影に気がついた。そこにいたのはアキラの姿。


「約束通り、生贄の花嫁を無事に届けたぞ。僕の魂を返せ」


 夏海の背を押したアキラは解放されたように表情を醜く歪めて、夏海の背中越しに叫んだ。


 ガチガチと震える夏海は足が竦んでヘタり込む。雪山で夏海の前に雪だるまの少女が現れた時に、アキラはアキラで別なものと遭遇し、生命を繋いでいたようだ。自分が暖炉の魔人という、謎の怪異へと差し出す生贄として見られ続けていた事も、彼女には相当ショックだった。


「僕は魔人と契約して、ずっとこの機会を狙っていたんだ。お前らは仲良し三人組で忘れていただろうけどな」


 本性を隠してみんなと一緒に日々暮らして来たのは、美幸ではなくアキラだった。あの雪山の遠足から、アキラはアキラでなくなっていた。夏海一人誘うのは簡単だったはずだ。しかし魔人を呼び出すには四人いないと儀式が行えない。だからアキラは喧嘩になりそうになると仲裁に移り、仲良しこよしを演じて来たのだ。


 夏海はアキラの姿を反映した妖怪を見て、本能で彼の暗い思いを察した。だから震えて動けなくなったのだ。


「馬鹿ね。人を喰らう暖炉の魔人が大好物の子供の魂をいつまでも残すわけないじゃない」


 美幸が冷たく言葉を放った。彼女の言葉を裏付けるように、アキラの姿をした魔人が、アキラよりも残忍に嗤った。それが合図だったのか。魔人により仮初の生命を与えられていたアキラの身体が、夏海の背後で音もなく粉雪のように舞って消えた。


「ヤクソクハハタサレタ。オマエタチハカエレ」


 美幸‥‥それにヒロトと夏海を順番に見て、暖炉の魔人はそれ以上何もせずに逃げるように消えた。生贄と呼ばれた夏海は腰を抜かして怯えたまま、埃と粉雪と魔人の黒き煤の残骸が舞うのを呆然と眺める。助かったのか────そう思った瞬間、夏海の身体に強い悪寒が走る。



 ヒュゴォォォ────


 オォォォォォ────


 ────ガッシャーン!!


 突風が風のハンマーとなって、古びた洋館の天井の分厚いステンドグラスを割った。塞ごうにも背より高い位置にあるため届かない。館内に風音が響くのと同時に、冷たい吹雪が建物を荒らす。冷たい風は暖炉の魔人を追いかけるかのように、暖炉の炎へと吹きかけ消してしまう。


「夏海、立て。ここにいると一緒に連れてかれるぞ!」


 ヒロトと美幸が無理やり腰を抜かした夏海を立たせ、引きずるように洋館から逃げ出した。


「トラップハウスかよ」


「炎で固まるなんて、ホットアイスクリームみたいな魔人ね」


 外へ出た三人は、見えないはずの暗闇の吹雪から逃げ出す洋館の姿を見た。洋館を攻撃するかのように、猛吹雪が集中しているせいか、三人のいる辺りの吹雪は収まっていた。


「どうなっているの?」


 助けられて、ようやく立ち上がった夏海が美幸を見る。いつも突っかかり喧嘩になりがちだった。しかし、それを止める役目のアキラが消えてしまって、夏海の頭は混乱していた。


「助けが来たみたいだから、とりあえず宿に戻りましょう。ヒロト、貴方も約束は果たせたのでしょう」


「ああ」


 ヒロトは美幸と二人ではぐれた時に、雪山へ来た自分だけの目的を果たしていた。遭難しかけたのが嘘のように雪の嵐は過ぎ、夜空には星空さえ見える。三人は積もった雪をかき分けるように下りてゆき、迷うことなく宿へと辿り着いた。


 ◇


 宿へ戻っても、ホテルの従業員以外、誰も何も彼ら三人を気にするものはいない。従業員も食事はバイキング形式であるため、宿の客の行動には基本無干渉だ。宿泊客の一人が足りなくても、気にする事もなかった。


 彼らが宿としているホテルでは、ヒロトはアキラと、夏海は美幸と相部屋だった。みんな疲れていたので早く眠りたい所だ。三人はヒロトの部屋で話を行う。話あう必要があったし、仮にも友人が一人亡くなったからだ。


「アキラがあたし達を殺すつもりでいたせいかな。死んじゃって、すごぉくね悲しいはずなのに‥‥涙が出ないの」


 アキラという存在がどこまで本当なのか、わからなかった。感情的な夏海と違い、ヒロトや美幸は落ち着き過ぎだ。でも泣けないのなら、同類だと、夏海は項垂れた。


「あの雪山の遠足の日から、アキラは亡くなっていた。それが事実。悲しむより怒りなよ。ずっと騙して来たんだから」


 クールなのは知っていた。でも美幸はドライ過ぎると夏海は思った。感情の整理が追いつかない。不器用そうなヒロトまで冷静なので、余計に気持ちが落ち着かなくなった。


「本当に見てて飽きないよね、夏海は」


 フッ‥‥と、美幸が柔らかく微笑んだ。いつものように小馬鹿にしたようなものではなく、愛おしいものを見るような目だ。いつもなら気持ちがムッとなって口論になる。


「喧嘩なら‥‥買うよ」


 力なく夏海は応じた。これ以上親友を失いたくなかったのか、裏切られたくなかったのか、雪山へやって来た時の元気はなくなっていた。


「ごめんね、夏海。正直に言うとアキラの生気がない事には気付いてなかったの」


「生気? 何の事?」


「活力とか魂の力よ。私は雪目族の末裔‥‥いわゆるあやかしの類なの」


 美幸は深雪‥‥雪目族と呼ばれる雪女の末裔だと告げた。人の暮らしの中で生活してゆくうえで、あやかしである事を悟られないようにするために、自身に宿る生気を極力抑える必要があった。


「妖怪の血が流れているのに、霊感がないの。それがどんなに情けない状態か、わかるでしょ」


「‥‥えっとさ、美幸。全然わからないんだけど」


「あらそう。とにかく見破るのが遅れた事を謝りたかったの。貴女は私の大切な初めて出来た友達だから」


 雪山で雪だるまの少女のお化けを追い払ってくれたのは美幸だったらしい。新参の雪だるまの少女のお化けに、友人を守るために格の違いを見せつけたのだ。ただ釈然としないなと夏海は思う事がある。


「大切‥‥そのわりには突っかかて来たよね」


「夏海はからかうと、うさぎみたいで反応良いから」


「紛らわしい。あたしはあんたが敵意を向けるからヒロトやアキラに相談までしたんだからね」 


 夏海と美幸が話している間、ヒロトは鼾をかいて眠っていた。美幸に全て委ねたらしい。あんな事があっても変わらない図太い神経を、夏海と美幸は少しうらやましく思った。


「ヒロトもこの雪山に、約束があったんだよね」


 女子大生二人いる前でガーガー眠る、ある意味失礼な男を横目に夏海は気になる事を尋ねた。


「言うと怒られるけどさ、寝てる方が悪いわよね。ヒロトはね、あの時トイレに行きたくて柵の外へ行って迷子になったんだって」


 からかわれるのが嫌でヒロト自身は話さなかったようだ。ヒロトが迷子になったのも四人が集まる前。彼はそこで温かいお地蔵さまに助けられて、みんなの所に戻れた。


「お地蔵さまから貰った帽子を返したくて、傷まないように保管していたんだって。意外と律儀なのよね」


「好きなの、ヒロトの事?」


「ヒロトみたいな石頭が好きなわけないじゃない」


 美幸は狸寝入りをするヒロトの頭を軽く小突く。


「お前みたいな冷たい女、俺だってお断りだよ」


 鼾をかくのを止め、仲良く見えた二人が息を荒げて否定した。息はあっているようで夏海は安心した。


「アキラの事が気になるのなら、雪解けの後に三人でまた来ましょうよ」



 真実を知った後に、夏海はヒロトと美幸と共にゴールデンウィーク休みを使って雪のない山を訪れた。一面雪景色の世界が緑の野原に変わっていて、あの日の出来事が雪の幻のように感じられた。


 夏海はアキラのために、ヒロトの出会ったお地蔵さまの近くに供養の石を積んだ。魂は魔人に喰われてとっくになくなっている。これは生きている夏海たちが生きてゆくためのけじめ。救われるのはアキラではなく、夏海たち自身の気持ちだった。年を重ねる内に記憶は色褪せる。雪解けの水が流れ出すように、辛い思い出は、不思議な体験談として記憶の底に染み込み消えてしまうのかもしれない。三人はいつかまた来よう‥‥そう新たに誓いを立てる。守らなくても失うことのない、約束出来ない誓い。


 



「それで美幸。聞きそびれていたんだけどさ⋯⋯結局五人目は誰だったの?」

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― 新着の感想 ―
うーん……。色々とややこしいというか、とっ散らかってるように思えるのは私がバカなせい?! いきなり登場人物四人も出てきて、しかもいきなりなのでキャラも掴めない。 スキーを楽しむために四人は来たと冒頭…
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