3話
「はい、良い雰囲気になっても向こうから振られてしまって中々良い結果にならないんですよ」
そして美夜は勢いで、軽い口調で、笑い話のつもりで現状を話した。笑いながら言えば、重く受け止められ雰囲気を悪くすることもない、と。優しさの塊のオーナーは「え、桜井さんが振られるの?見る目ないね相手」と美夜を持ち上げてくれるのを忘れない。
「ありがとうございます」
「桜井さんは彼氏欲しいの?」
「欲しいというか、恋愛してみたいんですよね。恋人出来て幸せそうな友達見ると余計そう思うというか」
世間話のつもりで、少しだけ本心を吐露してみる。そしてちょっとばかり気持ちが高揚していた時。
「あ、そうだ桜井さん、カイはどう?コイツここ何年も彼女いないし、一応誠実で優良物件。それも顔も良い」
「「は?」」
美夜とカイの声が重なった。時間が時間なので店内に客はほぼいない。そのおかげか注目されることはなかった。
オーナーは何故かドヤ顔で、そんなオーナーにカイは呆れ混じりの眼差しを向けている。美夜はというと混乱の境地にいた。
(突然何を言い出すのオーナー!)
「…柏木お前何言ってんだ」
美夜が思ったことをカイも口にしていた。彼の低い声が一段と低くなり、呆れを通り越して少し怒ってるようにも見える。
「冗談でもそういうことを言うな、彼女に失礼だ」
(…?)
失礼?美夜はカイが何に対して怒ってるのか分からず首を傾げる。オーナーも同じことを思ったようで「失礼って?」と返していた。カイはオーナーとは対照的な真面目な顔でこう語る。
「俺は27、桜井さんは20歳」
(私の歳、覚えてるんだ)
5月が誕生日だとカイに教えてなかったのに、おめでとうと祝われてとても喜んだ。
「7歳も上の男はオッサンだ、オッサンを冗談でもどうか?と勧められるのは嫌だろう?」
と、美夜の方を向いて返事を促す。
(オッサン…)
「いやいや、カイがオッサン扱いされたらの世のオッサンの立場がないよ」
(本当にそう)
美夜は心の中でオーナーに同意する。カイのこともオーナーのこともそういう風に見たことはなかった。そもそもカイが自分のことをそう思っていたことも初めて知った。
「そ、そうですよ。カイさんもオーナーもおじさんって感じしません」
「…そういうものか」
「そうだよ、お前真面目すぎるんだ」
オーナーは肩をすくめる。そして美夜に視線を向けた。嫌な予感がする。
「でさ、桜井さん的にカイはあり?なし?」
「だからやめろ、困ってるだろ」
(どうしよう…)
オーナーの口調からして本気で聞いてはいない。ならばこの雰囲気に乗じてさらりと本音を明かしてしまってもいいのでは、と美夜の中のもう1人の自分が囁く。
そして美夜は決心する。
「ありですね、というかカイさんをなしって言う女性いませんよ」
美夜はその他大勢の中の一意見、の体で笑いながら言った。こういう言い方をすれば、曲がり間違っても本気だと受け取られることはないだろう、と見越して。
「だよな、コイツ学生時代も死ぬほどモテてたんだよ」
オーナーは乗っかった。美夜の返事を所謂人気者に熱を上げる類のものだと受け取ったようだ。変に邪推される気配はない。
「…そうか、ありか」
「ん?カイ何か言った?」
「いや、何も?」
美夜がホッとしてる間にこんな会話が交わされていたが、当の本人は聞いていなかった。
その後、オーナーはカイに美夜が「あり」か「なし」かを尋ねることは流石にしなかったので、この話題は曖昧なまま終わった。美夜は軽いノリとはいえカイのことを「あり」だと言い切ったことが恥ずかしかった。しかし、カイの態度は当然ながら全く変わらないので美夜は望みがゼロだと改めて突きつけられ、内心地味に凹んでいる。
もう無理に恋人を作ろうとせず、心の中でカイを憧れの人として推していた方が余程精神衛生上良い気がしていた。
この時の美夜は、あんなことが起こるなんて全く予想していなかった。