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2話


美夜のバイト先は大学から程近い喫茶店だ。オーナーの柏木は20代後半くらいの男性で、格好良く気さくで話しやすいため結構バイト志望の人が多いらしい。今は美夜を含めて4人のバイトが勤めてる。


レトロな雰囲気漂うお店はオーナーが祖父から受け継いだ。前オーナーでもある彼の祖父は孫に店を託し悠々自適なセカンドライフを送ってるらしい。美夜は大学の帰りにたまたま店の前を通り、こんな喫茶店で働いてみたい!と勢いで面接を希望、無事採用されて今年2年目だ。


美夜はこの店が好きだ。雰囲気も同僚も、そして…。


時刻は19時過ぎで閉店1時間前。カランコロン、と入口のベルが鳴り入ってきた客の顔を見たオーナーが声をかけた。


「カイ、いらっしゃい。いつものでいいか?」


「ああ、頼む」


ワックスで整えられた黒髪に切長で涼しげな瞳。怜悧で整った顔立ち、薄く形のいい唇。見上げるほどの長身を包むのは仕立てのいいスーツで今は暑いから脱いで腕に持っている。


見るからに出来るサラリーマン、なオーラを纏わせている男性はオーナーから「カイ」と呼ばれてる常連客だ。オーナーの中学からの友人で、本名は知らない。オーナーはカイとしか呼ばないし、客の個人情報をバイトが聞くわけにもいかないからだ。


美夜はカウンターに座ったカイに水とおしぼりを持っていく。その時目が合ったカイは冷たい印象を与える表情を僅かに綻ばせた。


「カイさん、こんばんは」


「桜井さんこんばんは、今日も遅くまで頑張ってるんだな…」


とカイはオーナーに鋭い視線を向ける。


「いや、俺シフト詰め込んでないよ?ちゃんとしてるから、ブラックじゃないから」


弁明するオーナー。どうやらほぼ毎日いる美夜の労働環境を心配してくれたらしい。


「そ、そうです。オーナーは無理なシフト組んだりしませんよ」


「…そう?なら良かった。顔色があまり良くないから、てっきりバイトのしすぎで疲れてるのかと」


(え)


「ん?あ、確かに桜井さんちょっと顔色悪いね…よく気づいたなカイ」


感心したように呟くオーナーにカイは「まあな」と素っ気なく返す。美夜は内心ドキッとしていた。件の彼と連絡が取れなくなり、それについて悩んでここ数日寝不足だったからだ。それでも皆に心配されないよう化粧で誤魔化したつもりだったのだが。


(カイさん細かいところよく気づくな)


カイと初めて喋ったのは1年半年前、オーナーが「凄いやる気のある新人が入った」と美夜を紹介したのだ。何でもオーナー目当ての不真面目なバイト志望が多く、店に惚れて働きたいと言った美夜はとても新鮮に映ったらしい。


『喫茶店でバイトするの初めて?まあ柏木はそこまで厳しくないから、気負わなくて大丈夫。コイツ寧ろ抜けてること多いから気をつけて』


『いやいや、俺そんなに抜けてないよ?不安がらせること言うなよ』


仲良いんだな、と思わせるやり取りを美夜は微笑ましい気持ちで眺めていた。


美夜はこの時、初対面の自分を激励してくれたカイに対し憧れのような気持ちを抱いた。が、それが恋に発展する前に自分で芽が育たないようにした。


年上のサラリーマン。仮に好きになったところで無駄だ。自分のような地味で取り柄のない人間が好きになること自体、分不相応な相手。


今では折り合いをつけて、「カッコいい常連さん」として接してる。カイへの気持ちを忘れるために出会いを求めてる節すらあったかもしれない。恋をしたいと、殊更思うようになったかもしれない。


振られ続けるのは、美夜の打算的な部分が相手にバレたから…いや、やはり魅力がないからだろう。美夜は心の中で改めて結論づける。


「…実は課題が多くて、遅くまでやってたから寝不足なんですよ」


そしてカイとオーナーを心配させないために、嘘だとバレない範囲で誤魔化す。幸いオーナーは不審がることなく、「大学生大変だなー、まあ無理はするなよ。シフトも体調に合わせて調整するから」と気遣ってくれてほんの少し良心が痛む。


一方カイは…何も言わずにこっちを見ている。美夜の説明に納得してないのだろう、探られるような視線に緊張してきた。が、彼は追求するつもりはないのか「そうだな、睡眠不足は良くない。ちゃんと休め」と労りの言葉をかけてくれた。


(…私が彼氏欲しさに合コン行きまくってるって知ったらどうするのかな)


美夜の外見から、進んで異性との出会いを求めるようには見えないから驚かれはするだろう。


オーナーもカイも恐らく30近い大人の男性。20歳の大学生の悩みなんて赤子の手をひねるが如く。2人とも優しいので現実的な解決策を提示してくれると思うが、簡単に打ち明ける気になれない。


オーナーはともかく、如何にも真面目そうなカイは良い印象を抱かないかもしれない。下手をすれば遊んでる、と幻滅される可能性も。


(…悪い印象を抱かれたら、こんな風に話してもくれなくなりそう)


想像しただけで、胸が痛い。美夜はそんな選択肢を取ることは絶対しない。


だから今日もただのバイトの大学生として、彼と話すのだ。


「けど桜井さん、シフトたくさん入ってくれるのは有難いけどプライベートは大丈夫?友達付き合いとか、彼氏…あ、ごめんこういうの聞いちゃ駄目か」


言った瞬間オーナーが申し訳なさそうに謝る。美夜は動揺を顔に出さないようにしたが、物凄く驚いていた。このタイミングで触れられるとは思わなかったからだ。


「大丈夫です、友達付き合いは出来てます。彼氏は…居ないので」


「そうなの?」


意外だ、と言いたげなニュアンスを含んだオーナーはチラリとカイを一瞥する。単純な美夜はお世辞とはいえ彼氏が居ないのが意外、と言われてほんの少しだけひび割れている自尊心の傷が塞がった。


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