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11話



その後、取り敢えず身の回りの必要なものだけキャリーバックに詰めて家を出た。後日カイが業者を手配してくれるらしい。そこまでしなくても、と断ったがカイの意思は硬く、折れた美夜はありがたく厚意を受けることにした。


家を出て、車を停めた駐車場まで向かおうとした時。


「美夜!」


自分の名を呼ぶ声を聞いた瞬間、身体が強張った。何度も聞いた、時に夢にまで出てきた、彼の声。聞きたくないと、会いたくないと願っていた、彼の。


美夜の異変を察したカイがすぐさま肩を抱き寄せる。そんな2人の前に彼が辿り着いた。急いできたのか額は汗ばみ、その端正と評される顔は怒りに染まり余裕は一切見られない。追い詰められた人間の表情だった。


「お前!親父に何吹き込んだ!いきなり呼び出されたと思ったら、美夜にやってきたことが全部バレて死ぬほど叱られた挙句、お前みたいな性根の歪んだ人間を跡取りに据えることは出来ないって…!和彦を後継にするって言ってるんだぞ!」


和樹は怒りのあまり一方的に捲し立てる。男の怒号は聞くだけでビクリと肩が跳ね、恐怖で身体が強張った。


(和彦って従弟の…彼は和樹くんと違って穏やかな性格。少なくとも和樹くんより相応しい)


そんなことを考えて意識を遠くにやってないと、美夜に怒りをぶつける和樹を前に気丈に立っていることすら危うい。彼から与えられた言葉の暴力は美夜を確実に蝕んでる。反論すると倍になって返ってくるから、逆らわない方が、耐えた方が楽。今までずっとそうだった。


そう、今までは。これからは…。


聞くに耐えない罵倒を続ける和樹から美夜を守るように、カイが前に出る。


「…美夜が怖がってる。その高圧的な態度を辞めて、うるさい口を閉じてくれないか?」


ゾッとするほど冷たく怒りの滲む声で威圧するカイを前に和樹がさっきまでの勢いを無くし、たじろいだ。明らかに格上だと分かる相手には強く出られないのだ。何とも分かりやすい。


「な、なんだよあんた。俺は美夜と話が」


「初めまして、俺は清宮海斗。美夜の彼氏」


「き、清宮ってあの清宮!?それに彼氏?おい、美夜どういうこと」


「だから、その態度をやめろと言ってる。ずっと美夜に横柄な態度で接し、自尊心を傷つけ続けたのか…君のそれは生まれ持った性質かな?全く大したものだ」


明らかに馬鹿にしたカイの言い草に和樹の顔が真っ赤に染まる。


「…もしかして親父に色々吹き込んだのあんた?余計なことしやがって、あんたのせいで俺は後継者から外されたんだ」


「俺を責めるのはお門違いだ。全て身から出た鯖だろ?1人の女子を徹底的に貶め、侮辱するような人間が企業のトップになったとして、いずれ取り返しの付かない問題を起こす。寧ろ感謝されるべきことをしたと思ってるよ」


「っ…!そもそもなんで清宮の人間がしゃしゃり出てくるんだよ!…もしかしてそいつか?はっ!あんたみたいな何でも持ってる人間は好みが変わってるんだな?そんな地味で、言いたいことも言えない癖に身の丈に合わないことばかりして、結局恥かいてるような馬鹿な奴のどこっ、ひっ!」


和樹の顔が青ざめ、ガタガタと震え出す。見てるこっちが可哀想になるくらいの怯えようだ。


「…吠えるしか能のない馬鹿は本当めんどくせぇな…口閉じろって言ったのに聞こえてない?その耳は飾りか?…ああ、そうだ。俺が馬鹿でヘタレな君のために手を貸してやるよ、20年間言えなかった君のために」


一転して楽しそうな声音のカイに何故かゾクっと、冷たいものが走った。何をするのか分からずキョトンとする美夜と、カッと目を見開いた和樹は「やめっ」と口走るが、遅かった。


「君があんな不可解なことをした理由は、美夜が好きだったからだろう?幼少期から徹底的に貶め、魅力がないと自信を無くさせた美夜にお前を必要としてるのは俺だけだとか反吐が出そうな台詞を吐いて、モノにしようとしたのか?そんな方法で好きな相手を手に入れても虚しいだけだと思うが、君のような人間はそれで満足なのか?心底気になるが、理解出来なそうにない」


「っ…!」


和樹はワナワナと震え、怒りと絶望が入り混じった複雑な表情をしていた。見開かれた焦点の合わない目に、傷が付きそうな程強く唇を噛む姿。


その反応から美夜はカイの言ったことが当たっているのだと、理解した。


(あれだけ楽しそうに私を傷つけて、罵って…私の必死で耐えてる顔が好きとか言ってたのは、嫌ってるからだと思ってた…好きって何?好きな相手にあんなことするの?)


美夜は和樹の思考回路が全く理解できない。いや、理解したくもない。以前電話した時和樹を得体の知れない何かに感じたことがあった。あの時の気持ち悪さを鮮明に覚えている。


そして、今の美夜の中にある彼に対する感情は…。

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