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歪みの始まり

 それは古代より伝わる言い伝えだった。


 「ひとつの歪みが百の破壊を生む」と。

 遥か昔、世界を包み込んでいた秩序の均衡は、一つの小さな歪みによって崩れ去った。時間は捻じれ、空間は裂け、大地は震え、海は沸き立つ。人々は恐怖に震え、無力な存在としてひれ伏すほかなかった。


 その歪みを生み出したのは、決して悪意からではなかったという。だが、それが世界にどれほどの苦しみをもたらしたのか、誰も正確には知らない。ただ、その結果として訪れたのは破滅だけだったと。


 いま、再び世界は揺れている。均衡の守護者たちは耳を澄まし、目を凝らして、その原因を探ろうとしている。ある者はそれを天命と呼び、ある者はそれを呪いと呼ぶ。だが、誰もが知っている――時空の歪みは、決して自然に起こるものではないと。


重く垂れこめた雲が、まるで大地を押しつぶすかのように低く垂れ込めていた。

古代の神殿の入り口には冷たい風が吹き込み、壁に刻まれた古い文字が闇の中でぼんやりと浮かび上がる。リアム・ヴァルディアは、鋭い視線をその石壁に向けた。


「ここだ。この先に目指すものがある……」


 彼の声は冷たく、どこか緊張感が漂っている。パーティーのメンバーたちも皆、無言のまま頷いた。彼らは互いに視線を交わしながら、足音を忍ばせて神殿の奥へと進む。


 突然、アレン・クロードが立ち止まった。リアムが振り返ると、アレンの瞳が鋭く輝いているのが見えた。彼は小さく息を呑む。


「待って、何かが……」


 アレンの声は震えていたが、その言葉の中には確信があった。周囲の空気が一瞬、凍りつくような感覚がリアムの全身を走った。しかし、他のメンバーたちは何も感じ取れないようで、戸惑った顔をしている。


「何だ、アレン? 見えない何かがあるのか?」ガレスが苛立った声で尋ねる。


 アレンは静かに首を横に振る。「感じるんだ。時空が……歪んでいる。」


 リアムの眉がピクリと動いた。「時空の歪みだと? またか……。」


 アレンの力――「時空の歪みを感じ取る能力」は強大で制御が難しい。しかし、それはリアムにとっても、彼のパーティーにとっても重要なものだと信じてきた。しかし、今、その力が再び彼らを危険にさらしているのだろうか?


 その時だった。神殿の壁が突然、大きく揺れた。次の瞬間、空間が一瞬歪み、周囲の景色がぐにゃりと曲がったように見える。リアムは反射的に剣を握り締め、仲間たちに警戒を呼びかけた。


「全員、警戒しろ! 何かが起こるぞ!」


 そして、それは始まった。目の前で時間が一瞬停止し、次の瞬間には過去と未来の光景がフラッシュのように交錯し始める。戦火に包まれた街の姿、崩れ落ちる山々、突如として現れる巨大な影――すべてが一瞬で現れては消え去る。


 アレンは必死で力を制御しようと試みるが、その表情は苦痛に満ちている。彼の額には冷たい汗が滲み出し、手が震えているのが見えた。彼の力は暴走し始めているのだ。


「アレン、やめろ! これ以上使うな!」リアムが叫んだ。


 しかし、アレンは目を見開き、何かを必死に訴えかけるようにリアムを見つめる。「違う……何かが……来る……!」


 その瞬間、神殿の奥から大きな轟音が響き渡った。崩れ落ちる石の音とともに、何か巨大な影が迫ってくるのが見えた。リアムの心臓が激しく鼓動し、彼は瞬時に判断を下す。


「全員、退却だ! ここから出るぞ!」


 だが、その瞬間、アレンの力が完全に暴走し、空間全体が歪んだ。パーティーのメンバーはそれぞれに引き裂かれ、リアムの目の前で光と闇が交錯する。


「くそ……、何が……?」


 次の瞬間、リアムの視界は真っ暗になり、彼の耳に響いたのは、自分の心臓の鼓動だけだった。

リアムの意識がぼやける。鼓動が耳の奥で鳴り響き、頭が重く感じられた。何が起こったのか、彼の目には暗闇しか映っていない。時間の感覚が狂ったような、奇妙な浮遊感に襲われている。


「リアム……!」


 遠くで誰かの声が聞こえた。彼はゆっくりと目を開け、声の方向に顔を向けた。薄暗い光の中に、マリアの輪郭が浮かび上がる。彼女は必死にリアムの肩を揺すっていた。


「マリア……俺たちは……」


 リアムは何とか言葉を紡ぎ出す。周囲を見回すと、他のメンバーたちも徐々に意識を取り戻しているようだった。彼らは崩れた石の破片に埋もれながらも、必死に立ち上がろうとしている。


「何が……どうしてこうなった?」リアムは混乱したまま、自分に問いかけるように呟く。


「アレンの力が暴走したんだ……」マリアが答える。「時空が歪んで……私たちは一瞬でここに飛ばされたみたい……」


 リアムは顔をしかめ、アレンの名前を聞いた瞬間、胸の中に怒りと不安が入り混じった感情が湧き上がった。彼の視線はすぐにアレンを探し、神殿の遠くの角に彼の姿を見つけた。

彼は膝をついていて、顔には疲労と苦痛が刻まれている。リアムの胸には怒りがこみ上げてきた。彼の力の暴走が原因で、多くの仲間が傷ついたのだ。


「アレン!」リアムの声が神殿に響く。


 アレンは顔を上げると、リアムの目を見つめた。その瞳には深い悲しみと、何かを訴えたいという気持ちが込められている。


「僕は……わざとじゃない……でも、止められなかったんだ……」アレンはかすれた声で言った。


「わざとじゃないだと? それで済む問題か!」リアムは剣を強く握りしめ、アレンに歩み寄る。「お前の力が暴走して、俺たちの任務は失敗したんだぞ。どうしてくれるんだ!」


 マリアがリアムの腕を掴んで、少し後ろに引っ張った。「リアム、少し冷静に。アレンもわざとじゃないと言っている。まずはここから安全な場所に戻りましょう。」


 リアムは一瞬ためらったが、マリアの言葉に従い、深呼吸をして剣を鞘に納めた。「分かった。一度、ここを離れる。」

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