第6話 懐かしき戯れ
議題はほぼ出尽くしていたため、会議はそこで終了となった。各々が警戒を怠らずに退出する中、オックリはハジュンとメアに連れられ魔王専用の食堂へと向かっていた。
「オックリ、何故あのように威嚇を。あれでは我輩が想定した以上に禍根を残すぞ」
「お黙りを魔王サマ。四天王だけでは飽き足らず三魔将とかいう位を作っていたとはね。それだけで今の魔界が深刻な危機に瀕していることがわかったよ。おまけにさっきの会議の内容だと時間も残されていないみたいだし。おかげでワタシの仕事も大変そうだね、人生はクソだ」
「そう毒突くな。今代の勇者は、それはもう目まぐるしい成長を遂げている。魔界の全戦力をもって叩き潰さねばならん。だがその前に、他の人間どもに横槍を入れられぬよう手勢を削る必要があるのだ。そこで重要なのが――」
「簡単に攻略されないダンジョンの有無ってわけですか。ほーら、ほーら見ろ!大変で苦しくて屈辱に塗れていそうな仕事だ。クリエイターなどいつの世も必要になるんだから、常日頃から教育しておけ!」
「やかましい。あのスライム兄弟を更生できなかった貴様に言われたくはないわ」
「なんだと?」
「やるのか貴様」
二人が顔を突き合わせて視線をバチバチとさせていると、ため息をついたメアが慣れた様子で巨大なハンマーを取りだし振り下ろす。
釘のように床に打ち込まれた二人は頭にたんこぶを作り、メアは面白そうにそれを指で弾きながら説教を始めた。
「オックリ。さっき自分で言ってたよね、時間が無いって。そんなの誰でもわかってんの。なのにこうやっていがみ合って無駄な時間を浪費してるのはどーいうことさ。ん?」
「大魔王様もだ。オックリからすれば半数が知らないメンツなんだから、舐められないようにあーなるのは少し考えればわかるじゃん。色々焦ってんのか知んないけど、大魔王としてそーいうところ直せって何度も行ってきたよね?ちょっと甘えすぎ」
メアの説教は長い。しかもその言い分は全て正しい。ストッパー役として古くから活躍してきた彼女の威力をわかっているからこそ、二人のこの状態は久しいものだった。
オックリとハジュンは静かに笑みを浮かべる。旧友との再会、仲良く叱られているこの状況。面と向かってはできない。恥ずかしさもあれば、互いにらしくないと煽り再びいざこざが発生するだろう。
しかし床に埋まって互いの顔が見えない今であれば、懐かしさに一種の僅かな幸せを含ませて笑ってしまうのはバレはしないか。
「ねーあんたら。ちゃんと聞いてんの?」
「ああ、聞いているよ」
「無論だ」
「ふーん。うちの前で嘘つくとかすげーじゃん。説教追加ね」
「「ちょっと!?」」
メアにはしっかりバレていた。
だが二人は知らないだろう。メアもまた二人と同じように、顔が見えないことをいいことにほほ笑みを浮かべていた。
だが説教は一時間ほど長く続いた。
◆
メアと別れ席に着けば、豪華な料理が運ばれてくる。そのどれもが魔獣などを用いた魔物料理であったが、味は地上界の動植物を遥かに超える美味。
魂は魔力溜まりですぐさま肉体を得て復活するため、力の弱い魔物たちは自らが血肉となることで魔族たちを強化することが役割だ。
そして魔物の魂には食べてもらった魔族の魔力が込められるため、復活する時はより強い存在として産まれ直せる。
「さて、オックリ。お前には幾つかやってもらいたいことがある」
「アム…ンン……やってもらいたいこと?ダンジョン作成以外にあるの?」
「いや、ダンジョン作成が主な仕事だ。先程の会議で顔を合わせた全員の砦を完成させてもらいたい」
「全員というと……待て待て、七つか?」
「そうだ。この魔王城は勇者襲来に備えてバリアを張ることにした。そのバリアの起点として魔界の各地に幹部たちをボスとした砦を作ることにしたのだが……その矢先にあの失態の連続だ」
攻略されたダンジョンは、現時点で存在するクリエイターたちの中で上位の者たちが作成したもの。
となると他のクリエイターの質も疑わしくなる。重要な拠点を作成するにあたって、再び不出来なもので勇者に瞬殺されるなど決して許されない。
「だからといって、ワタシに短期間で七つもダンジョンを作れと?流石に馬鹿としか言いようがないよ」
「ほう。ならできぬと?」
「いやそれはもちろん……できるさ」
オックリが邪悪な笑みを浮かべる。
彼女は様々な偉業を成し遂げたが、その中でも最も有名なものが『101個ダンジョン』。僅か一年で天地魔界に合わせて百一ものダンジョンを作り上げたという伝説だ。
流石に質は少々落ちてしまったが、今でも魔王軍古参の魔族には酒の席での語らい草となっている。
「わかりました、受けましょうとも。推測だと、まだ攻略されていないワタシのダンジョンたちで時間は稼げるはずだ。勇者が来るのはだいたいどれぐらいかな」
「2ヶ月だ」
「……ワッツ?」
「恐らく2ヶ月ほどで勇者はこの魔界へ攻め込んでくる」
オックリは目を手で覆った。2ヶ月で力をかけたダンジョンを七つ?ちょっと頭おかしいんじゃねえの。
「ワタシの可愛いダンジョンたちが、たった2ヶ月で全て踏破されると?」
「いや、違う。お前のダンジョンは凄まじいものばかりなのは認めるが……一つ問題がある」
「問題だト?是非聞かセてモラおうカ!」
オックリが異形化し机に拳を叩き付ける。いかに今代の勇者が優秀とはいえ、彼女にはダンジョン一つ一つに会心の自負がある。それが易々と突破されるなどと言われれば、彼女が怒るのも当然のことだった。
しかし、どうやらハジュンが言うにはそれ以前の問題らしい。
「遥か昔に、一度お前のダンジョンに挑戦したことがあったが……確かに難易度は一級品。まさに難攻不落の一言に尽きた。だがな……お前の性格の悪さが『入口』にまで表れているのだ」
「ナに…?」
その時のことを思い出したのだろう。ハジュンは忌々しげに顔を不快に歪め、かつての無様な姿を吐露していった。
「なんだあの『石碑に抱きついて一日温める』という方法は!?魔力も使わずどうしてあのような意味のわからん仕組みが作れる!」
「チッチッチッ……ハジュン、想いの力だよ。鳥が自らの卵を優しく温めて孵すように、温かい心でこれから挑むダンジョンに敬意を示し、攻略して欲しかったのさ」
「あのような方法などまだ序の口だ!『入口の前で氷を口いっぱいに詰め込みながら扇風機にあたる』とかもあったな!」
「灼熱の業火渦巻くダンジョンだったので冷やしてあげようと思いまして〜!ナハハハハッ!」
「とにかく!そういったものばかりで中に入る方法が見つからない、または入口すら発見されていないものがわんさかだ!奴らはその全てを無視するだろう」
無視されるという言葉に、オックリの眉がピクリと反応した。彼女にとってはそれもまた許し難い。
「はぁ……仕方ない。さっきの威嚇で放った魔力を使い、全てのダンジョンの入口を開けてしまおう。そうすればもっと時間は稼げるはずだ」
「是非そうしてくれ。さて、まずお前に行ってもらいたいのは神鳴蜘蛛のアラグラーの砦。お前のことだ、奴にピッタリなダンジョンを作ってくれることだろう」
「もちろんですー。ダンジョンにおいてボスはとても大事。内装に至るまでしっかりと合うものに仕上げてみせましょうとも」
「ああ、頼んだぞ」
語るべきことは終わった。二人は会話もほどほどに食事に勤しむ。旧友との食事という貴重な場面ではあるが、食事の場では糧となってくれた魔物たちへの敬意も持っていなければならない。
会話ばかりに気を取られて感謝を疎かにするのは、彼らの流儀に反する。その後はほぼ無言の時間が過ぎていくのみだった。