第5話 CAME BACK
――魔王城円卓の間。
そこでは大魔王に忠誠を誓う七つの幹部が揃っていた。
新しく軍団の指揮を執る三魔将。神鳴蜘蛛の【アラグラー】、狼魈の【ガロン】、ベヒーモスの【べヘムト・クユーサー】。
そして古参である四天王。神々の裏切り者【八重代満名堅】、獣王の忘れ形見【ドラトス】、太陽の閻魔【哭空おはぎ】、最古の吸血鬼にして失楽園の賢者【ドラングレイク】。
そして横に相談役メアを侍らせた大魔王ハジュン。
この8名の集結をもって魔王軍会議の開始とする。そのどれもが歴戦の強者揃い、実力は折り紙付きだ。
「よーこそ幹部の皆さん。うちことメアが会議の進行役務めますんで、なんだ、とりま呼ばれたら現状報告をしくよろっすわ。じゃ、アラグラーさんから」
「はっ。我が軍は地上界の北部、ブモノダタ王国へ向けて進軍中。斥候部隊による情報では強者を抱えぬ中小国であるため、攻略には一週間とかかりますまい」
「はいはい、一週間ね。んじゃ、次はガロンさん」
「うむ。我ら妖の軍勢は人間に味方するエルフの拠点、【精霊樹の森】攻略に向けて準備期間を設けている。森となれば我らの出番、狩人の真髄をお見せしよう」
「ふむふむ。んで、次は―――」
会議は滞りなく進んでいく。現状報告はどれもが攻勢をかけるものがほとんどであった、ならば次は防衛に関わる議題が展開される。
「皆さんの建設した各砦はどっすか。魔王城のバリアを張る重要な拠点なんで、なるべく速やかに終わらせて欲しいんすけど」
「急がせている。しかし最近こんな噂を耳にしましてな……今あるダンジョンクリエイターたちはみな腑抜けだと」
ここで切り出したのがべヘムトだった。大魔王の耳に入ったことは幹部にも共有されている。地上界の侵攻に遅れを出したダンジョンクリエイターたちは監獄に入れられているが、問題は誰がその穴を埋めるかだった。
「あの有名なスライム兄弟は未だに療養中。完治には数ヶ月かかるとか」
「ダンジョンクリエイターの養成を急がせよう。僕たちも多少の心得はあるけど、本職には及ばないんだ」
「そんな時間は無い!勇者どもが攻め込んでくる前に建設せねばならん。養成中のクリエイターたちも投入して――」
「待つのだ」
訓練を終えていない者たちも現場へ出すべきと捲し立てるベヘムト。しかしそれに待ったをかけたのは四天王の一角、ドラングレイクだった。
「ダンジョンクリエイターは様々な知識を持ち、土地に合った臨機応変な拠点を作り上げられる者のみが就ける職。そうおいそれと未熟者ばかりを輩出しては、再び目も当てられぬ事態を引き起こすやもしれぬ」
「ではどうすればいい!クリエイターの養成は最低でも三年は必要だ。人間や神々は待ってくれはしないぞ!」
「落ち着け。……だがそなたの言うことにも一理ある。時間は無いのだ。だが、だからこそ我らが大魔王様は既に手を打っておられる」
ハジュンへと視線が集まる。目を閉じ、ただ黙って聞いていたハジュンだったが、内心は彼女のことを言う決心がまだついていなかった。
アレが戻ってくるなど非難轟々の嵐が起こるだろうと危ぶんでいるが、背に腹は変えられない。大魔王は度胸だ。
「近頃、ダンジョンクリエイターの作成したダンジョンの出来が芳しくない。だが養成し直す期間も無いことは確か。そこで、我輩は奴を呼び戻すことに決めた」
「奴とは…?」
「……アイズデーモンだ」
全員に激震が走る。その中でも四天王の反応が顕著だった。直に会ったことがあるのは魔王軍の中でも最高位の者たちのみ。しかし下の者たちにも彼女の悪い噂は広まっていた。
曰く、神の信仰を根こそぎ奪い消滅させた。曰く、高潔な天使を堕落させ役に立たぬ廃人にした。曰く、人間の国を大陸ごと黒い津波によって文字通り貪り尽くした。
怪物、幹部たちでさえまさにそう呼んで差し支えない存在だ。
「た、確かに奴ならばダンジョン作成において右に出る者はいません。しかし賛成できません大魔王様!」
「だが、何を言おうと遅い。我輩は奴を呼んでいる。あとは奴の機嫌次第だがな」
そこに食いついたのがマンティコアの獣人族、ドラトスだった。彼女はオックリのことを危険視し、ハジュンへ直談判を行った本人。
その前々から彼女とオックリは幾度もぶつかっていた。私怨もあるだろうが、こればかりは彼女が正しかった。
「何故です!?あれほど申し上げたではないですか!アレは混沌を呼びます。戦争どころではなくなってしまうかもしれない!お考え直しを、大魔王様!何故…何故……!」
『何故、だってぇ……?』
どこからともなく声が聞こえた。二重に重なった不気味な声。どこか馬鹿にしたような、うんざりしているような笑い声はそこかしこから聞こえてくる。
『アナタたちがあまりにも情けないからサ、面白い子だヨ』
「なんだ、何処にいる!?」
『ここだヨ。コーコ』
声がした。真下から。
少しずつ視線を下げれば、そこには……何もいない。
安堵の息が漏れ出た。それは戦士として恥ずかしいこと、気を抜いた自分を恥じながらドラトスは前を向く。
「やあドラトス」
「いやぁぁぁああああッッ!!?」
オックリの笑顔が目と鼻の先にあった。
全員が驚愕の表情を浮かべ、椅子を立ち円卓から離れた。それも仕方のないこと、なぜなら彼女はドラトスが顔を上げるまでいなかったのだから。
「会いたかったかいドラトス?ワタシはアハハハ会いたかったよ。可愛らしい悲鳴だね」
「き、気色悪い変態女が!」
「おやそれは褒め言葉ですか?嬉しいよドラトスちゃん」
「やめろ、私に引っ付くんじゃない!」
二人は幸せなハグをして終了。とはいかず身の丈以上の長さをほこる蠍の尾がオックリを引き剥がした。
そのまま投げられたオックリだったが、空中で体勢を立て直し回転しながら円卓に着地。メアは80点の看板を掲げた。
「来てくれたのかオックリ」
「あー……もちろんだとも。案外近かったから渋々来てあげましたよ。飛び跳ねて喜んでくださーい?」
「ほざけ」
時間を置いたからか驚きの興奮も冷めてきた頃。オックリは今一度円卓の中心に立つと、深々とおじぎをした。
「では皆さん。大魔王サマの命により参上仕りました、アイズデーモンのオックリでございます。どうぞ、よしなに」
「うふふはは、んははははは、アーッハッハッハッハハハッ!!」
狂気の笑いが始まるとともに空が暗雲に包まれる。そして淡い光が煌々と差し込み始める。
本来魔界には存在しないはずの、暗い暗い暗月が、顔を出していた。