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第4話 時代遅れの悪魔

 空を走る一条の光。線を描きながらしばらく空中旅行を楽しんでいた流星は、魔界特有の黒い森に降った。流星の正体はもちろん、アステルによって星となったオックリである。


「まったく、服に埃でもついたらどうするつもりなのさ。胸や尻など女同士だしいいでしょう。そもそもあんなの不可抗力、ハジュンが悪い」


 ぶつくさと文句を言いながら、オックリはできあがったクレーターの上で立ち上がった。


「さて、ここはどこでしょう。中心部にだいぶ近づいたことはこの黒い木々でわかるんだけど……いったいどこまで飛ばされたのやら」


 彼女の頭にあるのはどうやって家に帰るか。この女、大魔王直々の招集命令をすっぽかすつもりである。


 いや、彼女自身行ってやりたい気持ちはあるのだ。ただ食指が動かないと言っていた通り、その優先順位はかなり低い。

 家までの道のりが魔王城までの距離の2倍近くあれば行こうかな、ぐらいには。


「とりあえず飛んでみようか。いや、いっそのこと転移魔法でも……ダメだ構築が面倒くさい。変だな、さっきから考えが堂々巡りしてる。ワタシらしくないぞ」


 ハジュンによるダンジョンクリエイターたちの失態を聞かされてからオックリは一種のパニックに陥っていた。

 挙げられた失態の数々は、とても彼女が働いていた頃のクリエイターたちにはありえないものばかり。まだ半信半疑ではあるものの、それらが真実であるならば彼女が冷静である保証はない。


「これはいけない。こんな時こそ一息つかないと」


 彼女のモットーは『何時如何なる時も自分らしく』。

 なんと彼女はクレーターの真上でテーブルとティーセットを取り出し一服を始めた。しかしお茶っ葉は切らしているので飲んでいるのはお湯だ。


 しばらく湯を啜る音のみが森に響く。怪物の巣窟である魔界にしてはやけに静かだ。

 そもそも猛獣や魔物たちはオックリが落ちてきた際の爆音と衝撃、極めつけに本能が危険信号を発する程の不気味な魔力を放つオックリのオーラに当てられ逃げ出している。

 こんな所に来るのは、それこそたまたま近くを通った魔族ぐらいなものだろう。まあそんな都合よく誰かが通るわけもないのだが。


「おかしいな……確かに何かがこっちに落ちたと思ったんだけど…」


「おや珍しい。こんな森の中に人がいるなんて」


 がさがさと茂みを揺らして、物売りといった風貌の魔族が姿を現した。赤毛の少女、角を生やした鬼人族(オーガ)だ。驚くべきことに、どうやらメテオックリを目撃し様子を見に来たらしい。


 オックリは素早くテーブルとティーセットをしまうと、身体を黒い液体に変えて少女の背後に移動した。そして未だに気付いていない少女の耳元に口を近づけ、静かに息を吸う。


「わっ!!!」


「あぎゃああああッッ!!?」


 後ろから大声で驚かす。シンプルかつ最もタチが悪い悪戯に少女は飛び跳ねた。まるで子供のやること、まったく大人気ない。


「これは失礼。ワタシはオックリと言います。あまりにも隙だらけな背中だったから、つい驚かしちゃったよ」


「びっ、ビックリしたぁ。急に驚かすなんて酷いですよ!まさか人がいるなんて思いもしなかったのに……」


「それはこちらのセリフ。こんな森の中に、アナタのような行商人が何をしに来たのかな?」


「えっ?言った覚えは無いのですけど……よく私が行商人だとわかりましたね」


「大したことではないさ。格好から軽く推察してみただけ。上流市民にしては色彩や繊細さに欠けるし、常人にしては明るくて華やかだからね。商人にはありがちだ」


 感心した声を出す少女。しかし大して興味はないのか、オックリはすぐさま本題を切り出すことにした。


「さてお嬢さん。よければここが何処なのか教えてくれるかな?あいにく来たばかりで道が分からなくてね、魔王城にはどっちに行けばいい?」


「魔王城ですか?それならすぐ近くですよ。用事があるなら馬車に乗せて行きましょうか?」


「近いのか……でもそんなに良くしてもらっていいの?アナタにも行き先があるだろうし、ワタシの都合を押し付けるのも……」


「いえいえ。私は城下町に用があるので、目的地はだいたい一緒なんですよ。ささっ、こっちです」


 少女はオックリの手を掴み、ずんずんと森の中を進んでいく。魔王城近くと言うだけあって、すぐに舗装された道に出た。

 端に停めてあった馬車に2人で乗り込むと、少女は縄をとって手馴れた様子で馬を走らせた。


「あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私は鬼人族のエルペといいます。私としたことが、うっかり忘れていました。お恥ずかしい」


「いえいえ、仕方のないことだよ。『神は許さず魔が差した』という諺もある。あまり気に負わないで」


「へぇ……ちなみにその諺の意味って教えてもらったりします?」


「ほよ。有名なものだと思ってたんだけど……『神がケチだから許さないことは、悪魔が差し向けたことだから自分のせいではない』という意味だよ。ワタシたちは魔物ですから全て当てはまる」


「へ、へぇ〜。そんな諺があったんですね」


 おかしい。ワタシの働いていた時は皆が皆これを使って仕事をサボっては制裁を受けていたというのに。


 オックリは微妙なジェネレーションギャップに慄きつつも、エルペとの会話に花を咲かせた。

 ここ最近は声を出さずとも意思疎通がとれていたアステルとの生活に慣れ、しばらく会話をしていなかった。それを恥じつつ、久しい人との会話に興が乗ったのだろう。


 そうしていると、何やら前方に列をなす馬車たちが見えた。どうやら行商人たちが何かを待っているらしい。


「エルペ、あれは何のために並んでいるの?」


「えっ、知らないんですかオックリさん。ここから先に行くには関所を通らないといけないんですよ。今のうちに通行許可証を出しておいてくださいね」


「…………通行許可証?」


 ぽかんと呆けているオックリの様子にエルペも同じく固まっていたが、やがて思い立ったのか震えながら恐る恐る質問をする。


「オックリさん。もしや、通行許可証を持ってないんですか?」


「ええまあ。そんなものがあるなんて知りもしなかった。いつ頃からそんなものが?」


「…………もう一世紀は前です」


 オックリの表情が固まる。そしてその様子を見たエルペはさらに震えを増した。

 それもそのはず、通行許可証を持たずに街道に居るのはだいたいがならず者や犯罪者。そして笑顔のまま固まっているこの女はその事を知りもしなかったという。怪しいを通り越して危険だ。


「……ちなみに、アナタの許可証で連れも通れるなんてことは?」


「む、無理です。それに許可証には魔力による本人確認の認識機能があるので、ひ、人の許可証は使えないですからね…!」


 奪われることを恐れたのか、エルペは早口で許可証の防犯仕様を語る。たとえ襲われたとしても既に列に並んでいる。何かあればすぐに助けを呼べるはずだ。


 オックリは少し顎に手をかけて考えていたが、すぐに笑顔へ表情を戻す。そしてびくついているエルペの頬に、優しく手を添えた。


「何を恐れているのかは知らないけれど、安心して。別に許可証が無いからって、アナタのを奪おうとする気はないから」


「ほ、本当ですか…?」


 涙目で震えるエルペを撫でながら、その様子を見たオックリは可愛らしさに頬を上気させる。そしてなんてことはないように言い放った。


「ただ、アナタを少し借りるだけだよ」




「…………え?」



 頬に添えられていた手がドロリと溶け、瞬く間にエルペを包み込む。顔が飲み込まれる僅かな間に、エルペはオックリの邪悪な笑みを目に焼き付けられたのだった。



 ◆



 「次だ、前に出ろ」


 荷物の確認を終え通した兵士は次の馬車を呼ぶ。進んできたのは赤毛の鬼人族が手繰る馬車。兵士は怪しそうな箇所が無いか、馬車の中まで確認したあと、鬼人族の少女へ手を差し出した。


 「通行許可証と名前を」


『エルペです。商談がありまして通らせて頂きたい。こちらが許可証デス』


 通行許可証から魔力が発され、エルペの身体をスキャンする。一通りスキャンが終わると、許可証は緑色に発光した。


 「よし。ようこそミクロンド城下町へ」


 馬車は関所を通り城下町へと進んでいく。そして街の入口付近へ着くと、エルペは街道沿いに馬車を停め―――


『んっ……ふぅ…』


 腹からエルペを吐き出した。


 エルペだったものは姿が鬼人族のものからコートを纏った少女のものとなり、不気味な笑顔を浮かべながら痙攣するエルペを撫でた。


 「感謝するよエルペ。アナタのおかげで無事に入ることができた。私の中はなかなか心地よかったでしょう?ハッハッハッ!」


 エルペの懐に一枚の金貨を忍ばせ、オックリは馬車から降りた。

 向かうは魔王城、行くつもりはなかったんだけどなあと頭を掻きながらも、久しぶりの旧友との再会に胸を躍らせるのだった。


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