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第1話 立ち行かないダンジョン

 古の時代。

 未だ神秘が色濃く、魔力と呼ばれた力が豊潤であった世界。


 魔族と人間、引いては神々の戦いは終わりの兆しを見せていない。だからこそ、光る役職もある。






 魔の者たちが巣食う地獄。禍々しい瘴気が充満し、闇の太陽からもたらされる邪悪な光が、溶岩と炎に包まれた大地を照らしていた。


 人呼んで【魔界】。この世の全てを敵に回す怪物どもの根ざす地だ。


 「はっ…はっ…はっ…」


 魔界の空を飛ぶ者がいる。

 白い毛むくじゃらから二枚の羽が生えた一つ目の魔物だ。


 怪鳥や悪魔の飛び交う空を行くには心もとない姿だが、そのどれもが毛玉に見向きもしなかった。


 それも当然。毛玉はこの地を支配する者の配下であるからだ。即ち、魔界の主【大魔王】の斥候なのである。


 だが余程の長旅だったのだろうか。息も絶え絶え、疲労で痛むのか涙すら流している。

 しかし、その羽ばたきを止めることは許されない。その必死な様こそ、大魔王の恐ろしさを物語る。


 「はひっ……はひっ……」


 木々をくぐり、熱砂の風を押しのけ、怪鳥たちの群れをやり過ごし、吹き出す溶岩を躱し、天を衝く山々を越え、ようやっと目的地が見えてくる。


 それは山脈に囲まれて尚高く聳えた巨城。大魔王の居城であった。


 「ふっへっ、へっへっ」


 大魔王城の最上階、その天窓が不思議な力で開け放たれると、毛玉は勢いよくその中へと飛び込んで行った。無論、そこは主の座す玉座の間だ。


 幾人か気付いた者がいるのだろう。場が騒然とする中、フラフラと揺れながら落ちていく毛玉を受け止める者がいる。



 荘厳に装飾されたローブを纏い、たなびかせた銀の髪から巨大な双角と三つの邪悪な眼光を覗かせる魔人。



【大魔王ハジュン】その人である。



 「随分と急いだな…」


 「はっひっ……お耳に、入れたい儀が、ございます」


 「言ってみろ」




 「人界のダンジョンのうち【黄金迷宮(ゴールドラビリンス)】、【土の塔】、そして【魂滅墓場】が勇者一行によって攻め落とされました!」



 臣下のざわめきが酷くなる。先の二つもその難易度は凄まじいものであるが、【魂滅墓場】は大魔王自身が一度出向いた人界最大のダンジョンだった。


 それらが、短期間で攻略された。勇者一行の目覚ましい成長もさることながら、その責任は間違いなく各ダンジョンクリエイターたちにある。


 最近はこういったことが頻発していた。

 人間や神々の戦力を削ぎ、砦としての役割も備えたダンジョン。言わば戦争の要とも言えるそれらは、今や勇者一行だけにとどまらず名のある戦士たちによって攻略されつつある。


 何十年という時間をかけて攻略するならばまだいい。だが勇者の初のダンジョン攻略を許してから、人間や神々は怒濤の快進撃を見せていた。


 「……そうか。もうよい、下がれ」


 「ひーっ、ひーっ、はひ……」


 魔法陣と共に消えた毛玉を見送ると、頬杖をつきながら大魔王は大きく息をついた。


 「大魔王様、心中お察しします。しかしこの頃のダンジョン攻略の速度は異常です。きっと人間ども、何やら手段を講じたに違いありません」


 「………………」


 「そうだ!神々が特別なアイテムでも渡したに違いない!どこまでも忌々しい奴らめ!」


 「………………」


 「こちらもダンジョンクリエイターにより多くのダンジョンを作らせましょう!その間に策を弄す――」


 「黙れ!!」


 大魔王の一喝により玉座の間は静まり返った。鋭い爪で頭をかいたハジュンは、怒りに燃えた眼光を迸らせながら怒鳴り声をあげる。


 「今すぐ攻略されたダンジョンを調査しろ!設計図も資料も何もかも持ってこい!そしてマヌケなダンジョンクリエイターどもをここに引きずり出せ!!」


 「は、はっ!」


 臣下たちが大急ぎで玉座の間を立ち去っていく。ハジュンは深く腰掛け直すと、深く溜息をつきながら目を閉じた。


 「大魔王さま」


 「……メアか」


 天井から、白い液体がぼとりと大魔王の前に落ちた。それはやがて形を成し、白いローブを羽織った者が姿を現す。大魔王の傍に控えるにしては、その声はずいぶんと歳若い少女のものだった。


 「ほら、肩の力抜いて。大きく深呼吸ね。玉座から手を離して、大きく身体を伸ばす。さん、はい」


 その通りに、大魔王は握り潰した肘掛けから手を離すと、大きく身体を伸ばした後に深く深く深呼吸をした。


 幾分か表情が和らいだ頃を見計らって、メアと呼ばれた少女は再び口を開いた。


 「そんなに荒ぶった姿見せちゃダメでしょ。大魔王なんだから、昔みたいに頭に血ー上らせてハッスルしてらんないの」


 「許せ。我輩とて怒りたくて怒っているわけではない」


 「そか。短気のくせにそんな似合わない仕事してっからそうなる。そこんとこちゃんとわかっとくんだぞ?ん?」


 「面目ないな」


 無礼千万の態度ではあるが、ハジュンは朗らかに笑ってみせる。その姿からも、二人は昔から知己の仲であるようだ。


 「それで、何をそんなにカッカしてたんすか。ダンジョンを攻略されたことがそんなにムカついた?」


 「ああ……いや、厳密には違うな。我輩が怒っておるのはダンジョンの出来栄えだ」


 「出来栄え。へぇ、そこに目を付けた理由は」


 「最近どうもダンジョンの攻略が早すぎると思ってな、少し思い返してみたのだ。何故こうも攻略されるのか、攻略されたダンジョンに共通点はあるか、とな」


 「ほん……そんで?」



 「期間をかけず容易く攻略されたダンジョンは、その大半が作成されてから年月があまり経っておらぬものだった」


 「……あ、なっほどね。そういうことか」


 「うむ……()が居た時代のものではなかったのだ。あの()()()()()()()()()のな」



 ――【ダンジョンマスター】


 それはダンジョン作成において金字塔を打ち立てた伝説のダンジョンクリエイター。


 彼女が作成したダンジョンの数は、天・人・魔界合わせて四千を超えるとされる。現役からは引退して数千年が経った現在においても、その半数は未だに攻略されていない。


 しかし彼女には異なる名も広まっている。


『瞳』を対価に契約を持ちかけ、その願いを叶える代わりに……契約を反故にした者、悪戯に手を出す者を八つ裂きにしてきた悪魔。


 ――【アイズデーモン】



 「……なぁ、メアよ」


 「ん、なに」



 「我輩らがこうも頭を悩ませて働いておるというのに、たった一人何もせぬというのは許されん。そうだな?」


 「そっすね。仲間外れは寂しーだろーし?この大変な仕事(幸福)を分かち合うのも、なんだ、アリじゃね?知らんけど」



 「ならば決まりだな」


 彼女を呼び戻せば、間違いなく魔界は混沌に満ちるだろう。少なくない被害がもたらされるかもしれない。しかし旧知の仲である大魔王は久しい緊張と、これまた久しかった友との会話に心を躍らせるばかりだった。


 彼は懐からあるものを取り出すと、それの背面に魔法陣を浮かばせ耳に当てた。


 「うわ。アンタそんなハイテクなの持ってたんだ。意外。ウケる」


 「黙っておけ。その身体をカチコチに凍らされたくなかったらな」


 大魔王はスマートフォンを片手に玉座を立つ。彼は電話中ずっと部屋の中をうろつくタイプだった。


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