37-2話
「戦場を拡大するつもりのようですね」
姫香たちはジングウの動画を何度も繰り返して視た。彼女がどこで何をしようとしているのか、メッセージの中に隠されているかもしれないと考えたからだ。
「ジングウは、指定した8カ所全部を回るのでしょうか?」
「神野さん。まず、関東は無いと思います」
住吉が言った。
「何故です。総理暗殺はないとしても、皇室を手中に入れる可能性は残るのではないかな。 鎌倉、室町、明治と、時代を転換してきた政府は、天皇を味方につけてきた。それを習う可能性があると思うのだが」
「もし、天皇がジングウを支持すると発信するなら、そして、自衛隊や警察の一部でも、天皇の命令に従うならば、天皇家を取り込む価値がありますね」
「でも……」姫香は反対した。「……今の天皇がテロリストに味方することはないと思います」
「先輩の考えは当たっているでしょう。それで神野さん、戦闘で最も大切なのは、何ですか?」
神野は、何だったかなーと呟きながら天井を仰いだ。
「自衛隊ではどうかわかりませんが、孫子の兵法では、地の利ということになります」
比呂彦はすぐに答えを言った。神野が首を縦に振りながら、頭をたたいた。
「戦力に大きな差がある以上、水攻めや火攻めなど、自然の力を利用したいはずです。ジングウは大阪から神戸、博多にかけての瀬戸内海は熟知しています。関東には行ったことがない。知らない土地での作戦は立てにくいはずです」
「なるほど。すると、戦端を開くのは大阪、広島、福岡のどれかになるというわけですね」
「しかし、現地に行ったら驚くでしょう。海の埋め立てや河川の付け替えで四世紀とは地形が全く変わっていますから」
住吉は動画で話すジングウの顔に眼をやった。
「あら、動画をアップするくらいだもの。ストリート・ビューで、ざっくり確認することはしたんじゃないかしら」
「なるほど。此花さんの意見にも一理ある」
神野が感心した。
「確かに、そうしたやり方はしているかもしれませんね」
比呂彦が考え込んだ。
「でも……」彼を助けるつもりで言った。「……神功皇后は、歴史上の戦闘経験という点では、福岡滞在が一番長いのよね? 福岡滞在中に子供ができたし、熊襲と三韓征伐の起点としているはず」
「先輩の言う通りです。九州なら挟撃される心配が少ないと考えているでしょう。場合によっては九州地区の独立宣言もありうる」
「しかし、収集した武器を、福岡に運ぶのは大変じゃないですか?」
神野が住吉の顔を窺った。
「そこです。それにもう一つ。兵隊を集めるだけなら東京の方が、遥かに効果が見込める。それで僕は迷っています。全てがフェイクの可能性もありますから」
比呂彦がタブレットの日本地図を見つめた。
「外国の力を頼る可能性はないかしら? 韓国や北朝鮮、中国」
「その可能性は否定できないな」
比呂彦が頷くと神野が口を挟む。
「ちょっと待ってください。諸外国は、いくら日本政府とギクシャクしていても、ぽっと出のテロリストに加担するほど、甘くはないですよ」
「神野さんの言う通りです。だから、オオタラシヒメが外国との連携を考えているなら幸いです。日本政府に有利な展開になるに違いありません。彼女の頭の中は、まだ四世紀。外交が世界秩序の外にあった時代ですから、彼女は戦意を失うかもしれません」




