32-1話 高島1佐 ――修羅――
「二上山雄岳山頂、Jは動きません」
地図上に放射線源を示す赤い光点が点滅していた。二上山上空の4機のドローンから送られてくるデータに基づくものだ。山裾にある青色の100の点は、歩兵部隊の班長の所在地だ。1班が6名、総勢600名で取り囲んでいる。
「爆薬が仕掛けられていないとも限らない。トラップに注意しながら接近しろ。ドローンは対空ミサイル警戒。これは訓練ではない。本物の対ゲリラ戦だ」
高島は現地の隊員に向かって注意を喚起した。
真崎2佐が視界に入る。
「高島1佐、Jが防衛相のサーバーに入った痕跡があるそうです」
彼が事務的に報告した。
「ふむ、その程度のこと、想定済みだ。でもなければ、八尾駐屯地が襲われることもなかっただろう」
高島はそのことを神野から聞いていた。地図に目をやる。100の青い点が、じわじわと山頂に向かって移動していた。
一方、赤い点は、発見当時から微動だにしていない。それに不信を覚えていた。人間なら、寝ているのでもない限りじっとしていられない状況だ。人形だからか? 理解できない。
「あの点の位置が改ざんされているということはないのだろうな?」
不安になって真崎2佐に訊いた。
「それは問題ないと思います。防衛相のサーバーは経由しないデータです」
「ふむ……」
当初、ほぼ一列に並んでいた青い点は、山頂に近づくにつれて2段に、やがて3段に分かれる。山頂に最接近するのは、第1中隊の1班から25班までで、第2、第3、第4中隊は2段構えでバックアップする作戦だ。
最前列の班から送られてくる映像に、山頂の広場と二上山城跡を示す石碑が映った。1班から25班は、相互に目視できる距離にある。
「Jを目視できるか?」
『できません』
25名の班長から同じ報告があった。その時だ。突然、苦痛に呻く隊員の声がスピーカーから流れた。
『32班、攻撃を受けています!』
『33班、応戦中、Jです』
『J、北部方面に移動、見失った』
次々とジングウと交戦する報告が入る。すべて2列目の班からのものだった。
「部隊の中真中に現れるとは、豪胆なやつですな」
真崎が感心するので腹が立った。
「あの点は、何なのだ!」
地図を映すモニターを指した。山頂の赤い点は、まだ動いていなかった。加えて、35班の間直にもうひとつ放射線源を示す赤い点があった。
「第1中隊長、1、2、3班を山頂の確認に向かわせろ。他はJの包囲だ! 殺すな! 手足を撃って動きを止めろ!」
高島は思わず叫んでいた。
「高島1佐、Jの映像が届きました。35班のリアルタイム映像です」
加藤1尉の声に、スッと冷静さが戻る。
モニターに目をやると林の中を駆けるジングウの背中があった。長い黒髪を後ろで束ね、だぼだぼの自衛隊の戦闘服をまとっている。驚いたのは、彼女の右手に薄っすらと蒼く光る剣があることだった。
ジングウが右へ飛んだ。松の木の陰を通り過ぎた瞬間、それはカメラの方に向かってくる。その瞳は漆黒で赤い唇は微笑んでいた。
――ダダダダダ――
自動小銃の発射音が続く。それはジングウの足元を襲った。右へ左へ、あるいは樹木の枝を渡り、ジングウは弾丸を回避していく。いや、弾丸の方が曲線を描き、ジングウを避けているように見えた。
自衛隊員に駆け寄ったジングウの剣が、隊員の手足を落とし、胴を切り裂き、ヘルメットを割った。彼女が走った後には、死傷者の山が残った。
34班を全滅させたジングウがカメラに迫った。電波障害か、映像が乱れる。
血を滴らせ、ほんのりと光を帯びた剣が画面を過った。刹那、レンズが赤く染まった。地面に頭部ごと落ちたそれは、遮二無二トリガーをひく35班の隊員を映し、同士討ちで倒れる仲間も映した。
「32班戦闘不能、34班全滅、35班戦闘不能……」
オペレーターが被害状況を逐次報告する。




