31話 結城利尚 ――愚か者――
総理執務室では、いつもの様に佐藤総理と鈴木官房長官、結城NSC局長が頭を寄せていた。
「事態が悪化しました。あろうことか、今朝、天鳥船の内部で爆発がありました」
「まさか、臨界が始まったというのではないだろうな?」
「そこのところは何とも……。放射線レベルが上昇しているのは間違いないようですが、温度上昇がみられないので専門家は臨界ではない、と考えているようです。詳細は調査段階ということで……」
「現場のやつら、何かを隠しているだろう。いつもそうだ。都合の悪いことはすぐに隠ぺいしやがる」
「総理、お言葉を慎みください。例の殺人鬼の件もありますから、壁の耳に備えなければなりません。現場に聞こえては、士気にも関わります」
結城が粗忽な総理をいさめた。
「クソッ。口が悪いのは生まれつきだ。現場の士気というなら、現場に行くぞ。段取りを頼む」
総理が立ち、スーツの裾を叩いて皺を伸ばす。
「反対です。危険すぎます」
総理を制止したのは官房長官だった。芝居のように詰め寄り、総理の肩を押さえた。
「田舎とはいえ、危険なものが町の中にあるのだ。立場上、知らんふりはできないだろう」
「それは好都合」
結城は、思わず声にしていた。
「ん?」と総理が疑惑の目を向けた。
「結城君、どういうことだ」
官房長官が睨む。
「実は、ジングウから……」
三種神器を持って二上山に来るように電話があったと伝えた。
「そ、そうなのか……」
「はい。そのジングウ、昨夜、駐屯地を襲って重火器と爆薬も強奪しております。防衛省から、まだ連絡がありませんか?」
「ナイ!」
総理がドカッと腰を落とし、官房長官をねめつけた。
「君のところにも報告がないのか?」
「先ほど受けたばかりです。報道管制を敷くのが忙しく……」
彼が澄まして応じた。
「で、どうするつもりなのだ?」
「何を?」
官房長官が首を傾げる。
「何を?」
総理が鸚鵡返しに尋ねた。官房長官には腹案があると確信しているのだ。
官房長官が結城を見上げた。説明しろというのだろう。
「ジングウは、二上山で捕獲する計画です。現在、陸上自衛隊1個大隊が周囲に潜伏、ドローンによる監視体制もとっているとのことです」
痛風が痛みだした。
「それなら私が行く必要などないだろう?」
「総理が二上山に向かったと報道があれば、ジングウの確保がより確実なものとなると考えております」
「私は餌か?」
「滅相もありません。あくまでも作戦上の可能性の話です」
納得いかないというように、総理が鼻の穴を膨らませた。
「それにしても、三種神器にこだわるのだな」
「三種神器というのは学者どもで、ジングウは王の印と言っているようです」
官房長官が言った。
「そうなのか?」
総理の目が結城に向く。
「はい。今の日本は民主主義、トップは総理だと伝えたのですが、理解できないようです。王の印を持ってこいと言われても対処に困ります」
「ジングウ、阿修羅かと思えば、意外にも愚か者だな」
「三種神器といえば数日前、草薙剣が盗まれましたな」
官房長官が話を変えた。
「なんだと! 皇居に盗人が侵入したのか? 報告を受けておらんぞ」
「総理、皇居ではなく、熱田神宮の方でして」
官房長官が苦笑した。
「そうか、…‥それなら、良かった」
何も知らないのか、総理が胸をなでおろし、話を戻した。
「で、それだけなのか?……天鳥船の方も何か考えているのではないのか?」
「それは私から……」結城が話を引き取った。「……安全を図るため、内部の核燃料を抜き取ることを検討しています。それからじっくり、天鳥船のテクノロジーの分析にかかる予定です」
「なんだ……」総理の表情がパッと華やぐ。「……さすがNSCだ。鈴木先生が指揮を執るだけある。私の知らないところで着実に問題を解決してくれるのだね。まさか、次の総理の座を狙っているのかな?」
総理が声をあげて笑った。
「私は縁の下の力持ちが似合っていますから……」
謙虚なそぶりを見せる官房長官……。その時、結城のスマホが鳴った。影村からだった。
『二上山、山頂に放射線源を確認しました。ジングウだと思われます』
「そうか、発見したか」
安堵を通り越し、喜びで声が上ずった。
『現在、陸上自衛隊が包囲網を狭めているところです』
「必ず確保しろ」
電話を切り、時刻を確認した。約束の正午まで、まだ3時間以上ある。
「ジングウを見つけたのだね」
「良い報告が聞けそうですな」
「私を餌にしようとしおって」
そう話す総理も、ホッとしているようだった。ソファーを立ち、執務机に向かう。
結城は総理の背中と官房長官に会釈し、痛む足を引きずって総理執務室を後にした。自分の席に戻った時、懐のスマホが震えた。神野からの連絡だった。




