30-1話 此花姫香 ――ジングウに思いをはせる――
ごそごそ音がする。エキストラベッドで寝ていた神野が起きだした。姫香と比呂彦、そして彼の3人がホテルのスイートルームで同居を始めた三日目の朝だった。
姫香は彼に対する警戒心をすっかりなくしていた。またジョギングに出かけるのだろう。そう思って布団をかぶった。しかし、神野は着替えることなく、カバンを持ってリビングに移動した。
何かあったに違いない。そう感じて比呂彦を窺う。彼は背中を向けていて、ぐっすり寝ているようだった。可愛らしい寝顔を覗きたいところだけど、ぐっとこらえた。ベッドを抜け出し、リビングを覗く。
神野は衛星電話でひそひそと話しているところだった。
また所在確認の電話かしら?……実際、1日に2度は彼のもとに電話があって、比呂彦の居所を確認されていた。
「……了解、すぐに確認します」
神野が電話を切った。
「まだ捕まらないのですか?」
声をかけると彼は「面目ない」と眉をひそめた。
「住吉君は、まだ眠っているのかな?」
「ええ、まだ……」
その時、背後でドアが開いた。無表情な比呂彦の顔があった。
「ジングウを見失ってはいないのですよね?」
「……心の中を見透かされているようだ。怖いよ……」神野が苦笑した。「……住吉君は二上山を知っているかい?」
「僕の質問には答えてくれないのですか?」
「参ったな……」
彼がガシガシと頭を掻いた。
「何かをさせる時だけ呼びつけるだけで情報を出さないのでは、協力のしようもありませんよ」
比呂彦が言ってソファーに腰を下ろした。
「すまない。それが組織のルールだ」
「つまらないルールに固執すると、本質を見失いますよ」
「それは君の言う通りだと思う」
比呂彦がフッと息を吐いた。
「これは僕の推測ですが、自衛隊はジングウを見失った。その時、何が起こったか。……わかりますか?」
「いいや」
神野が首を横に振った。
「目覚めたら、世界の様子が変わっていた。神野さんなら、どうします?」
「情報収集だな」
「正解。ジングウもそうします」
「しかし、どうやって?」
「誰でも、まず、自分の敵を知りたい。だからジングウは自衛隊の通信機を持って逃げた。個人のスマホも。……手に入れた機械や銃器から、現代の文明の程度は推し量れたはずです。無線、有線に関わらず自衛隊の通信の傍受を試みたでしょう。所在を見失ったのは、おそらくコンクリートに囲まれた空間か地下に入ったからです。コンクリートに囲まれた安全な場所で情報収集に努めた。持ち去ったスマホでインターネットに接続、自衛隊を調べる。僕なら、自衛隊の組織と装備品をチェックします。そして、自分が取りうる対抗策を考える」
「ふむ」
「それから行動した……」
「ああ、これは秘密にしてほしいのだが、ジングウは陸上自衛隊の駐屯地を襲い、大量の武器弾薬を盗んだ」
神野の返事に、姫香は悲鳴をあげそうになった。が、比呂彦は平然としていた。神野は話を続けた。
「住吉君が言う通り、自衛隊のホームページで調べたのだろう。今は、アピールのために色々と公開しているからね」
「そうでしたか……」比呂彦が一息ついた。「……やはり、僕より彼女の方が優れているようです」
「どういうこと?」
姫香は訊いた。




