29-4話
「何があったのだね?」
呑気そうに言いながら現れた影村と鏑矢の顔を見た時には無性に腹が立った。
「今日は、先生方の調査はできなくなりました」
そう応じると、彼らが眼を三角にした。
「昨夜、ジングウに侵入され、ATFが再起動されたようです。ちなみに、内部で軽微な爆発が確認され、放射線レベルが上昇しています」
説明しながらいくつかのモニターを指し示すと、影村たちの顔が一気に失望の色に染まった。
その時、高島のスマホが振動した。表示された電話番号は、ジングウに殺害された福島曹長のものだった。
『高島1佐だな?』
電話の向こうの声はジングウのものだった。
「なんだ?」
スピーカーに切り替えて応じ、【発信源を特定しろ】とメモを書いて真崎2佐に渡した。
『なんだはないだろう。国譲りの会談の件だ』
言われて初めて、そんな話があったことを思い出した。
「それは私では無理だと言ったはずだ。第一、日本は民主主義国だ。総理の一存でどうにかなるものでもない」
『なるほど。私がトーキョーの官邸に出向けばいいのかな?』
ジングウが、クククと喉を鳴らした。
『我は、殺しながら行くよ』
それがただの脅かしでないことはよく理解していた。
「一昨夜、武器を奪ったのはお前か?」
『そうだ』
「……」
わかっていたつもりだった。しかし、間違いであってほしいと思ってもいた。それが、本人の口から直接聞き、現実を目の前に突き付けられると思考が止まった。
「私が何とかする。だから会談場所は、ここ奈良にしよう」
影村がスマホに向かって言った。
高島はホッとした。同時に、主役の座を奪われて苦いものを覚えた。
『その声は、影村だな』
「そうだ。会談の設定は私が行う」
『二上山』
「え?」
『今日の正午、二上山に王の印を持ってこい』
「二上山のどこだ?」
『来ればわかる』
ぷつりと電話が切れた。
あちらこちらからため息が聞こえた。いつの間にか人が増えていて、皆、耳を澄ませていたのだった。
「どうして二上山などに?……地図を!」
影村が求め、一番大きなモニターに地図と航空写真が映し出された。
二上山は奈良県と大阪府の県境にまたがる雄岳と雌岳という二つの峰を持つ山だ。雄岳の頂上には大津皇子の墓と二上山城跡、ふもとには當麻寺がある程度で、他は緑に覆われている。ジングウがどうしてそこを会談場所に指定したのか、高島はもちろん、他の誰も見当がつかなかった。
「狙撃を避けるためか?」
あえて理由があるとすればそれくらいだった。多勢に無勢、いつでも隠れられるように、見通しが悪い森林を選んだのかもしれない。
「なるほど。渡辺教授を呼んでください……」影村がスタッフに声をかけ、高島に向いた。「高島さんは、二上山周辺に部隊を集めてください。ジングウを捕らえる格好のチャンスです」
「あ、ハイ……」
返事をしてから、影村に命じられる自分の不甲斐なさに腹が立った。




