29-1話 高島1佐 ――コードネームはJ――
日本政府のジングウ対策本部が設置されたのは、ジングウの失踪が判明してから2日後のことだった。それまでの間もジングウの捜索は行われていたが、天鳥船調査団による細々としたものだった。
ジングウ対策本部は、天鳥船調査団本部を流用することになった。ジングウが天鳥船に戻ってくる可能性が高かったし、そこに設置した様々な観測機器が利用できるからだ。
天鳥船調査団の本部は2階に移された。特殊部隊の居室として利用されていた部屋だ。天鳥船は比呂彦が操作した状態にあって、セキュリティーシステムや自動修復システムは止っていたが、オペレートシステムや空調、ドアの開閉は支障なく機能していた。科学者たちは、自らそこに入ることになり興奮していた。
ジングウ対策本部の本部長に就任した高島は張り切っていた。同時に大きな不安を抱えていた。ジングウの能力は判然としないし、外界に出たたった1人の人間、いや、人形は捕捉しがたい。
比呂彦のアドバイス通り、放射線を可視化できる放射線カメラを搭載したドローンを7機用意し、天鳥船を中心に円を描くように捜索範囲を広げた。
ジングウが姿を消してから、すでに三日が過ぎていた。まったく手がかりがなく、高島の胃袋はキリキリと痛み続けていた。考えることといえば、ジングウのことばかり。壊れていているのではないか、燃料切れを起こしているのではないか、という願望だ。
『移動する放射線源を補足。Jと思われる』
ドローン探査機のオペレーターから連絡が入ったのは、それを導入してから27時間後だった。〝J〟はジングウのコードネーム、JINGUUの頭文字で高島がつけた。安直である。
「ヨシ、よくやった」
朗報に安堵し、胃の痛みが消えて声に生気が戻った。
地図上には赤い目印が点滅している。
「ドローンの映像をくれ」
命じるとすぐに、ひとつのモニターに薄らと人影に似たものが走る姿が映った。それを見ながら加藤1尉が言った。
「攻撃ドローンを使えば、あっという間ですが」
「まさか人形ひとつ相手にミサイルを使うわけにもいかんだろう。第一、壊さずに捕獲しろという命令だ」
高島は苦笑した。
『目標Jは、天理市柳本を北へ移動中』
ドローンはジングウを見失うことはなかった。時折その映像が消えるのは、ガンマ線を遮るコンクリート製の建物や擁壁の陰にはいるからだ。
「市街地では手を出すな。郊外に出たら捕獲だ」
高島は檄を飛ばす。奈良県内には100班、600名の歩兵部隊を展開していた。
「どこに向かっていると思いますか?」
加藤1尉が訊いた。彼は、この2日間、神功皇后に関する資料を読み漁っていた。
「見当もつかん。加藤1尉はどう思う?」
「石上神宮ではないでしょうか?」
彼の指が地図上の1点を指した。
「なぜそこだと?」
「石上神宮は、古代、物部氏の武器庫と言われています。そこに七支刀があるそうです」
「七支刀、学生の頃に写真を見た記憶はあるが……」
「これです……」七支刀の画像をネットで拾った。「……七支刀は、三韓征伐後に百済が神功皇后に贈ったとものだそうです」
「そんなものに意味があるとは思えないが」
「写真を見る限りそうですが、当時は霊力を持っていると思われたでしょう」
「Jが霊力などといったあやふやなものを頼りにするとは思えないが……」
高島は自動小銃を乱射したジングウの姿を思い出していた。それは正に殺人マシンだ。自動小銃を手にしたのに、錆びた剣など求めるだろうか?……とはいえ加藤1尉の推理にも一理あると思った。ジングウの時間は1800年以上も止っていたのだから、その思考も当時のものなのかもしれない。
部隊の一部に石上神宮周辺を厳に警戒するように命じた。




