28-1話 結城利尚 ――テロには屈しない。それが基本方針だ――
『ならば王を呼べ』
『呼んでどうする?』
『この国、我が譲り受ける』
『無茶を言わないでほしい。今の日本のトップは佐藤総理だ。私は彼の部下だ。まず、お互いを理解しあおう』
『ならばその者でよい。この国の主の証を持参するように伝えよ』
『時間をくれないか』
『我を侮るな』
国家安全保障会議で流された音声はジングウと影村のやり取りだった。ジングウの容姿や能力を示すために、発見時の全裸映像や戦闘時、自衛隊員のカメラがとらえた映像も編集して流された。隊員が殺害される様子が断続的に映り、国家安全保障会議のメンバーも顔をゆがめた。
「阿修羅だな……」
「いかにも……」
佐藤総理が嘆息し、鈴木官房長官がそれを受けた。
結城は大臣たちの顔をひとつひとつ丁寧に見た。その時は、痛風の痛みは感じなかった。
「これはCGではありません。ATF内でおきた現実です。電話連絡を受けた際、私も信じることができませんでしたが、この映像を目の当たりにしては、現実を受け止めざるを得ませんでした。国譲りを要求したジングウは現在、殺害した隊員から奪った武器を大量に持ったまま姿をくらましておりますが、いずれ現れると考えております」
「まさか私に、あれと交渉しろというのではないだろうね?……」総理の視線が泳ぐ。「……我が国はテロに屈しない。従って交渉もない」
「私も御免こうむりますよ。この国の王などではありませんからな」
「国がほしいなら選挙に勝って、総理になれと言ってやれ」
総理と官房長官が屁理屈をこねて早々に逃げた。
「この程度のことで、なぜ国家安全保障会議を開かなければならないのだね? ジングウを捜索し、発見、逮捕すればいいことではないか?」
「そうだよ。最悪、射殺すればいい」
国家公安委員長が疑問を呈し、防衛大臣が追随した。
こいつら、まだ状況が呑み込めていないらしい。……結城は、ジングウ発見時の映像を再びモニターに映した。全裸の美女の映像に、あちらこちらからゴクンと喉が鳴る音がした。
「ご覧のように、ジングウは拘束された状態で発見されました。発見時は仮死状態だとみられていたのですが……」
「どう見てもそうだ」
「ATFがあの地に埋まったのは1800年以上前だと考えられています。たとえ仮死状態でも、今日まで生きていたなどあり得ない。ATFに詳しいあの青年が言うには、ジングウは人形だということです。それならばあれは……」
「ラブドールだとでもいうのかね?」
官房長官が揶揄し、周囲から卑猥な笑いが起きる。
「そうなら良かったのですが……」
結城の唇からため息が漏れ、痛風の足が悲鳴を上げた。
「……ジン、ジングウはすでに20人の自衛隊員を殺しています」
直接手を下したのは18人で、2人は天鳥船のセキュリティーによるものだったが、それは無視した。数字はインパクトがある方がいい。
「……もし、あれが総理のもとに直接交渉に来たならば、SPだけでは対応が難しいかと」
「なるほど。それは困るな」
総理が深刻な表情を作った。一見、真剣に考えているように見えた。
「テロに屈しない。それは基本方針として間違っていないでしょう。しかし、テロの前に無防備でいるのは違います」
「もちろんだ。日本国はテロにも隣国の脅迫にも屈しない。そのために防衛費を増やし続けてきたのだ。自衛隊は飾りじゃない。然るべき場合は使わなければ」
――ドン――
彼が拳を作り、テーブルを叩いた。




