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27-6話

 時刻は午後2時を過ぎていた。気持ちが張りつめていて、今まで気づかなかったらしい。それを知ると、突然、空腹に襲われた。


「私もお腹がすきました」


「狙われているなら、呑気に食事もできないのではありませんか?」


 姫香と比呂彦を案じたのか、からかったのか、神野がそんなことを言った。


「意地悪だなぁ……」比呂彦が表情を変えずに言った。「……大丈夫ですよ。ジングウだって、そう簡単には僕を見つけることはできません。今頃はまだ勉強しているところでしょう」


「勉強?」


「彼女が守ろうとした王の居所、現在の社会情勢、科学技術、兵器……。彼女が学ばなければならないことは山ほどあります。僕を探すのは、それらを理解してからです」


「なるほど、当分、安全というわけですね。ヨシ、近くに美味いうなぎ屋があります。そこに寄っていこう」


 神野は運転手に行先を指示した。


「ちなみに、彼女が守ろうとした王とは、誰なのですか?」


「応神天皇です」


「そりゃあ見つからないだろうな」


 神野がカラカラ笑った。


 姫香はゾッとした。比呂彦が言うのがすべて本当のことなら、ジングウは人間ではなく正真正銘、動く人形ということになる。比呂彦は、彼に言わせればアインシュタイン博士ということになるのだろうけれど、彼らはどうしてそんなことを知っているのだろう?……ますます比呂彦のことを詳しく知りたくなった。


 今は比呂彦と2人きりで過ごす絶好のチャンスなのだ。それを逃がしたくない。また彼の寝顔を見てみたい、とも……。


「ジングウが勉強を終えるまで時間があるなら、明日まで私がいたって大丈夫じゃない?」


「おそらくジングウは10時間、長くても20時間ほどで動き出す。今日中に、東京に向かった方がいいのです」


 私が嫌いなのかもしれない。だから適当なことを言っているのだ。……姫香には、彼の声が刺々しいものに聞こえた。


「学ぶことが山ほどあるって言ったじゃない。10時間なんてありえない。私がどうするかは、私が決めます」


 姫香は彼の配慮を拒んだ。


「仲が良いのですね」


 助手席で神野が微笑んだ。目的のうなぎ屋は、もう目の前だった。


 神野お勧めのうなぎはとても身が厚く香ばしい。よだれがこぼれそうだ。比呂彦は神野の質問攻めにあって四苦八苦していたが、その間、姫香は美味しいうな重をじっくり堪能した。


 食事を終えると、茶を飲みながら神野が言った。


「ジングウ、恐ろしい人形だな」


「1対1ならそうでしょう。しかし、今の彼女は1人です。とても自衛隊には敵わないでしょう」


「さっきは、戦略、戦術面でも優れていると褒めていましたが?」


 神野が不信の目を向けた。


「アイディアだけでは出来ないことがあります。戦うためには武器が要る。兵隊も要る。今のジングウにはそれが無い。第一、アイディアを作るための知識も持ち合わせていない。彼女の中の知識は、まだ四世紀です。この世で彼女は孤立無援。一人取り残された異邦人です」


 姫香には、比呂彦の声がとても寂しく、悲しんでいるように聞こえた。


「でも、銃は使った。明日には様々な知識を習得する。そう話したのは住吉さんだ」


「はい。しかし、武器と兵隊がないことは変わりません」


「なるほど、その通りでした」


 彼は大きな茶碗を持ち上げた。それは既に空になっていた。


 食事を終え、ホテルに向かう車は国道169号線を北上していた。左手に生駒山の上に薄らと夕焼けが広がっていた。


「奈良から見ると太陽は大阪湾の向こう。瀬戸内海に沈みます。海から昇る水蒸気のおかげで、きれいな夕焼けがよく見られる」


 神野が説明した。


「何もなく、無事に終わるといいですね」


 姫香の願望に、比呂彦も神野も応えることはなかった。


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