27-2話
「電源を借ります」
比呂彦がそう言い、勝手に中央のテーブルに移動した。リュックを下ろしてパソコンを取り出す。姫香は彼の隣の席に掛けた。
彼は起動したパソコンに何の変哲もないUSBメモリーを指した。するとオペレーティング・システムが終了し、モニターが青く変わった。左隅に小さなカーソルが点滅している。
「なに、それ?」
姫香が尋ねると、彼は唇に人差し指を当てた。静かにしていろと言うのだろう。ムッとして天井を見上げた。
――カタカタカタ……、彼がキーを打つ音はリズミカルで音楽のようだった。
「あの文字だ」
「ああ、どうして彼が……」
「あれでATFのシステムにアクセスできるのか?」
「でも、どうやって。インターネットから入れるのか?」
ヒソヒソと、交わす言葉がした。いつの間にか比呂彦の背後に数人の科学者が立っていた。
彼らが注目しているのはパソコンのモニターだった。それに気づいて覗いて見ると、そこに大量の文字が並んでいる。キーを打つ音がしていたのだから当然だが目を疑った。並んでいる文字は日本語でも英語でもなかった。もちろん、フランス語や梵字といった姫香の知る文字でもない。
「あの文字って?」
宗像博士の声がした。
「ああ、あの時はまだ、宗像先生はおられなかったですな」
井島博士が天鳥船内のコンソールパネルにフェニキア文字に似た記号が刻まれていたことを説明した。そこで目黒1尉が凍死したことも。
そういうことか。……姫香も認識を新たにして比呂彦の横顔に目を向けた。この特待生はとんでもない天才なのだ。
彼が手を止めた。目線を宙に向けて口を開く。
「中にオキナガ……、ジングウの姿がありません。外に出てしまったようです」
「何だと! 本当か?」
立ち上がり、大声をあげたのは高島1佐だった。
「本当です」
「間違いではないのか? 外に出たのなら警備兵の目に止まるはずだ。その目をかいくぐり、あの塀を乗り越えていったというのか?」
彼はしつこく確認した。
「ジングウなら、あの程度の壁は障害にならないでしょう。噓だと思うなら、自分の目で確認してください。中は安全です」
「そうか……」
彼はまだ釈然としない様子だったが、背中を向けるとモニターの前のマイクに向かって遺体の回収と周辺の捜索を命じた。「絶対逃がすな!」その声は姫香の耳にもはっきり届いた。




