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26-3話

 若草山に上るハイキングコースは、春日原生林と同じくらい薄暗かった。ただ、道は車が走行できる程度に整備されている。所々に【マムシに注意】と看板が立てられていた。倒木が多いのは手入れをする予算がないからだろう。


 ハイキングコースを2時間ほどかけて登りきった。山頂から南西向きの斜面は芝で覆われ、遊ぶ鹿が多い。そこから奈良市内を一望することもできた。山裾には東大寺が見え、少し目線を上げると狭い平地に家が立ち並ぶ景色があり、遠く西を望むと生駒山が南北に横たわっている。


「あれが生駒山ね」


「天磐船がおりたのは、あの北の端あたりです」


 比呂彦が教えた。


「天磐船は、その後、磯城しきに移動したのよね?」


「何の話ですか?」


 神野が訊いた。


「古代史です」


「なるほど。お二人は考古学をやられているということでしたね」


「ええ、まあ」


「それじゃ、こんな話を知っていますか?……」神野が得意げに言う。「……この若草山を三笠山みかさやまと言う人がいますが、それは間違いだと言う話です。歌に詠まれる三笠山は、御蓋山みかさやまと書くもので、向こうにある」


 神野が、住吉がやったように南東の方向を指した。そこには三角形の姿をした若草山より一回り小さな山があった。


「ここを三笠山と言ったのは、どら焼きを三つ重ねた形が笠を重ねたような若草山の形と似ていたからです」


「どら焼きですか……」


 思わず笑った。天鳥船にまつわる学術的な話に、どら焼きはアンバランスだ。


「私は、そう父に教わりました」


 彼は少しだけ口角をあげた。


「お父様は、どんな方ですか?」


「和菓子職人です。どら焼きを焼いていました」


「あら……」


 姫香は反射的に微笑みそうになるのを抑えた。また彼に職業差別だと言わせたくない。


 帰りは芝の斜面を下りた。日差しを遮るものは無く、銀色の太陽が3人の身体を焼いた。


「ここが毎年1月に山焼きが行われる場所ですよ」


「一度見てみたい……」足を泥に取られて悲鳴が漏れる。「……キャ!」


 よろけたところを神野に支えられた。


 反射的に逃げようとした、が、彼の大きな身体からは逃げられなかった。身体を棒のようにして、瞼を閉じ、息を止めた。……やっぱり男はムリ!


 その時、図ったように神野の携帯電話が鳴り、姫香は解放された。彼が取り出したのは、スマホより大きな衛星電話だった。


「2人なら、ここにおりますが……。了解」


 彼が通話を終えると、「なにか?」と比呂彦が訊いた。それが、影村が彼の警告に従わなかった結果に関するものだろうと姫香は直感した。


「いえ、あなた方の所在確認でした」


 神野はそう告げたが、何かを隠しているのは明らかだ。


「僕の忠告は効果が無かった。影村さんは、よほど好奇心が強いらしい」


 比呂彦が坂を下りだす。


「あなたがここにいるならそれでいい、という話でしたよ。詳細は聞かされませんでした。それと私が思うに、影村さんは好奇心のためにやっているのではない。官僚の使命感、もしくは出世欲のためだと思います」


 言い訳しながら、神野が追った。


「そうですね。神野さんの見方の方が当たっているのでしょう。僕の見方は子供っぽかった」


 比呂彦はそう言った後、口をつぐんだ。それを開かせようと神野が、天鳥船は動くのかとか、誰が作ったものなのか、と質問を重ねた。それは姫香も知りたいことだ。しかし、比呂彦が質問に応じることはなかった。


 坂を下りきったところでぶつかる舗装道路沿いには土産屋が並んでいた。その前に直立する制服姿の自衛隊員は良く目立った。


「影村さんがお呼びです」


 彼が神野に告げた。


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