21-1話 宗像倫子 ――信じられない、信じてもらえない。そんな状況がある――
宗像倫子は論文の執筆を中断して研究室を後にした。国家安全保障局の結城局長から、天鳥船の調査団に加わるよう、要請を受けたからだ。その遺物の中で調査隊が立ち往生しているということも聞いた。
結城局長は比呂彦にも声をかけると話していた。「もし彼が拒むようなら、宗像博士からも要請していただきたい」そう聞いて、自分は比呂彦を引っ張り出すための餌だと知った。それは面白いことではなかったが、天鳥船に対する興味はそれに勝った。
天鳥船のことは比呂彦から聞いていた。まだそれが掘り出される前、夫の通夜の夜だ。天鳥船は原子力エンジンで動く宇宙船だという。核の膨大なエネルギーで空間を歪め、その上を滑るらしい。いわゆる重力場を推進力に変換しているわけだ。
彼は原子力エンジンの仕組みについては語らなかった。倫子も訊かなかった。移動に重力場のゆがみを利用する理論は以前からあったが、現実的ではないと考えていたからだ。それどころか、天鳥船の存在さえ疑っていた。信じていたのは、あのアインシュタインという存在だけだった。
天鳥船が掘り出された今、原子力エンジンの存在が現実味を帯びた。それを視て、その技術を解明したい。そうした衝動が、全身を沸々と煮えたぎらせていた。
マンションに戻り、荷物をまとめて飛び出した。新幹線に乗ってから比呂彦に電話をかけ、奈良に向かっていると話した。
「連絡は行ったでしょ。あなたは調査団に参加するの?」
『はい、奈良にいるので……』
彼は、考古学者たちの天鳥船発掘チームのテントにいると言った。
「そう、良かった」
『良くはありません。これがきっかけでオキナガタラシが復活するかもしれないのです』
「それがわかっていて、どうして政府の依頼を受けることにしたの?」
もしかしたら彼は、神功皇后を復活させて、自分たちの仮説の正しさを証明しようとしているのではないか、と考えた。
『地底レーダーが普及したので、船が発見されるのは時間の問題でした。そうなればオキナガタラシの復活は必然。だからこそ、僕は宗像博士のもとに居候して時を待ったのです。他人の所有物に勝手に侵入するのは感心できませんが、入った人間が死んでいくのを見るのは忍びない。それで助けることにしました。そんな答えでよろしいでしょうか?』
「オキナ……、神功皇后が復活したら、住吉君はどうするつもりなの?」
『それはオキナガタラシ次第です。もし彼女が平穏な生活を選択するなら、それを手伝います』
「別の生き方を選択したら?」
『目覚めた彼女がどんな生き方をするのか。その時に僕が何をすべきなのか。変数が多すぎるので答えることはできません』
2人の会話はそれで終わった。
天鳥船調査団本部に入ったのは、日が陰ったころだった。科学者、自衛官やNSC職員、本部内の誰もがひどく緊張した面持ちをしていた。




