20-3話
コンソールパネルのある部屋に入った秋本は自分の目を疑った。部屋の中ほど、高感度アンテナの前に片膝ついたままの目黒1尉の遺体があった。
「アンテナを調べようとしていたのだな」
隅田2尉がつぶやき、驚いた立川1曹は尻もちをついた。秋本の筋肉は硬直した。
目黒1尉は瞬時に凍り付いたのだろう。アンテナに向かって伸ばした両腕が石像のように死亡時の態勢を維持していた。その腕が抱えているのは、彼自身の頭部だった。
「本部、こちら隅田2尉……」
彼は目黒1尉の遺体は凍っていて遺体袋に入れられないだろう、と報告した。
『了解……』
高島1佐から、野々村3尉の遺体袋を運ぶように命令があった。
前を2人、後ろは秋本がひとりで持つことにした。
「イチ、ニイ、サン」
掛け声をかけて遺体袋を持ち上げる。
「クッ……」喉が鳴った。ひどく重い。見れば、遺体袋の中央部に遺体が丸く寄っていた。
「運びにくいものだな。遺体が半分になっているからだ」
隅田2尉が彼の解釈を述べた。
確かにそれもある。しかし、今の自分たちにはたった1体の遺体を運ぶ体力さえないのだ。……秋本は、ついさっき隅田2尉の判断が正しかったと評価したことを後悔した。
遺体の重量と背中の荷物のバランスを取るようにしてヨチヨチと足をすすめる。救われたのは、途中のドアが次々に開いたことだ。
「最初からこうしてくれたらなぁ」
隅田2尉が批判的な言い方をした。荷物の重さにあえぐ秋本は、口を利く余裕などなかった。
侵入した部屋に戻って遺体袋を下ろしたときにはホッとした。
「参ったな」
隅田2尉の声に気づいて彼の視線を追った。見上げると、天井にあるはずの穴が消えていた。天井から樹の根が生えたように金属製の梯子がぶら下がっている。穴が消えたのと同じように、床に散らばっていた残骸も消えていた。まるで誰かが掃き清めたようだ。
「穴がふさがっています」
立川1曹の声は振るえていた。
隅田2尉はため息をつき、侵入口がふさがっていると本部に報告した。
『承知している。心配するな。すぐに穴をあける。怪我をしないよう、退避しろ』
高島1佐の命令で一旦廊下に移動した。
――ズン――
僅かに床が揺れる。再び部屋に入ると、侵入時のように天井に丸い穴が開いていた。
見上げると、自分たちと同じ戦闘服姿の隊員が手を振っていた。侵入時には真っ青だった空が、酸化した血の色に見えた。
新しい梯子が空からするすると下りてくる。秋本は、芥川龍之介の小説〝蜘蛛の糸〟を思い出した。目黒1尉と野々村3尉の死に様が脳裏を過る。自分は彼らを蹴落としたのではないだろうか。……そんなことを考えながら、梯子を上った。
穴から這いずり出すように外に出ると、思いのほか多くの特殊部隊員が待機していたので驚いた。彼らはニコリと微笑み、あるいは同情の目を向けて穴の中に降りていく。
「いいなぁ、あいつら。散策に行くようだ」
隅田2尉がヘルメットをはずして座り込んだ。
「ですね……」
秋本もヘルメットをはずし、一番星の瞬く赤黒い空を見上げた。
立川1曹は、衛生兵に両脇を抱えられて救急車に乗せられた。
「臭いな」
「オシメですからね。こんなこと誰にも言えません」
排便ができない環境下なのでオシメをしていた。それには消臭効果のある素材が使われているが限界がある。
「だな。しかし、生きている証拠だ。……行くかぁ」
深呼吸した後、彼が立ちあがった。




