20-2話
突然、立川1曹が立ち上がった。
「あー、腹が減ったぁ。白飯が食いたい」
彼はそう言いながら通路を往復し始めた。
「立川、止めろ。体力がもたなくなるぞ!」
秋本は止めたが、彼は歩くことを止めなかった。まるで白飯を手にしているように、茶碗と箸を持ったような姿で歩き回った。
「いかれちまったのか……」
隅田2尉がつぶやいた。
「立川1曹、命令だ。気をつけ!」
大声で命じると、彼はその場で直立不動の姿勢をとった。が、2分もするとまた「白飯が食いたい」と言いながら歩き始めた。
「完璧にいかれているな」
隅田2尉が首を振った。のそりと立ち上がると立川1曹のもとへ行き、「俺のをやる」と言って、自分の水筒を彼の物と交換した。それは胸元に固定されていて、ヘルメット内に伸びたストローを通して飲むようになっている。調査は4時間の予定だったので予備はない。
「やっぱりな」
戻ってきた彼は水筒を逆さにして見せた。案の定、空っぽだった。
「ずいぶん前から切れていたのだろう」
「副長は水なしで、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけ、ないだろう……」彼が少し笑う。「……心配するな。秋本の水をよこせなんて言わないよ」
「自分のも、ほぼ空です」
それは噓ではなかった。
隅田2尉がポンと手を打ち、遺体袋を開けた。強烈な血の匂いが広がった。彼は野々村3尉の遺体から水筒をとった。
「半分はあるぞ」
嬉しそうに言う。
「秋本、水筒をよこせ。少し分けてやる」
水は欲しかった。が、死んだ仲間の水を奪うようで躊躇った。
「自分はまだ大丈夫です」
「そうか? 後でくれと言ってもやらないぞ」
「ハイ……」
応じると、彼は自分の戦闘服に水筒を装着した。
『隅田2尉、高島だ』
その声に期待が膨らむ。
「隅田です」
『ATFの動力が止ったはずだ。脱出を試みろ』
「本当でありますか?」
彼の口が滑った。
『馬鹿者、上官を嘘つき呼ばわりするのか』
「申し訳ありません」
彼が起立し、見えない高島1佐に向かって頭を下げた。
『まあ、いい。それより立川1曹は大丈夫か?』
「自分には判断がつきかねます」
『遺体を運べるか?』
隅田2尉の目が秋本に向いた。大丈夫だというように、大きくうなずいて見せた。
「1体は可能ですが、ふたつは無理だと判断します」
彼が報告する。的確な判断だと思った。
『了解した。隣の部屋に入ったら、目黒1尉の遺体を回収しろ』
「了解」
通信を終えると、重い機材を背負い直した。それは野々村3尉が背負っていた分だけ重みを増していた。
外に出られると聞いた立川1曹も正気に戻ったのか、素直に荷物を背負った。
「野々村3尉は苦労したようですが、2挺で壊せますか?」
立川1曹に撃たせるのが不安でそう言った。
「機能が停止しているなら、なんとかなるだろう。しかし、どうやって止めたんだ?」
隅田2尉はドアの状態を確認しようと考えたのだろう。前と同じように銃底を振り上げた。
止めた方がいい。また飛ばされるぞ。……秋本は考えた。自分たちは、まだ何も手に入れていない。この謎の遺物が、本部の思い通りになっているとは思えなかった。
隅田2尉が振り上げた自動小銃を振り下ろすことはなかった。彼が近づいただけで、ドアが開いたからだ。
通路に冷気が流れ出す。




