20-1話 秋本曹長 ――薄暮――
天鳥船の通路にランタン型の非常灯がひとつ。それが唯一の明かりだった。ヘッドライトはバッテリーの消耗を抑えるために消してある。
壁に自衛隊員の影が並んでいる。隅田2尉、秋本曹長、立川1曹のものだ。わずか数時間の間に、彼らの頬はこけて目の下にも隈ができていた。極度の緊張感と放射線下で使用する戦闘服の暑苦しさのためだ。
彼らの横には野々村3尉の遺体が入った遺体袋があって、血生臭い匂いを発していた。床の血だまりは既に乾いていた。そこが盛り上がって見えるのは、体内から出た糞尿や内臓の一部が混じっているからだった。
隊長の目黒1尉は隣の部屋に閉じ込められ、凍死していると本部から教えられていた。脱出するにはその部屋を通らなければならない。目黒1尉と同じ目にあう可能性が高いという理由で、その場での待機を命じられていた。
「まさか、こんなことになるとは思いませんでした」
秋本は長い沈黙に耐えられなくなって口を開いた。長く座り続けていて腰が痛む。時々立ちあがって身体を動かしているが、長期戦を考えると無駄な行動も控えなければ、と思う。
「そうだな」
隅田2尉が応じた。
「こんなことなら、子供に別れを告げて来るべきでした」
息子と妻の面影が脳裏を過った。
「何歳だ?」
「4歳になりました。男の子です」
「かわいいだろう?」
「やんちゃで、困っています」
「そうか、息子のためにも諦めるなよ」
目黒隊長がいたときは新兵のように無茶をした彼が、隊長のような口を利くので感心してしまう。
「それにしても長すぎます」
「自分は腹が減りました」
立川1尉がそう言って笑わせた。栄養はタブレットで取れるが、空腹は満たされない。
会話が途切れると、生臭い空気に気持ちが滅入った。
『隅田2尉、状況に変化はないか?』
無線は高島1佐からだった。
「変化なし。もう3時間になります。移動を試みても良いでしょうか?」
彼もじっとしているのが辛いに違いなかった。
『ダメだ。今、政府が交渉している。その結果を待て』
「了解」
ぷつんと無線が切れた。
「隅田副長。交渉って、どういうことですか?」
立川1尉が尋ねた。
「偉いさんのやることなど知るか……」
吐き捨てるような口調だった。
「小田原評定でしょう」
秋本は笑った。動き出せば早いが、容易に動かない。それが日本だ、と日頃から思っていた。
『隅田2尉、隊員の体調はどうか?』
頻繁に連絡をくれるのは加藤1尉だった。
「相変わらずです。体調なら、本部に送られるデータでわかるのではありませんか?」
隅田2尉がかみつくように応じたのは、同じことを7度も訊かれた時だった。
『データではわからないこともある』
「どんなことでしょう?」
『隅田2尉の頭の中身の状態だ』
加藤1尉は気分を害したようだが、その後も頻繁に連絡をくれた。そうやって閉じ込められた者の孤立感の緩和に努めているのだろう。それがわかっていても、感謝を覚えることはなかった。欲しいのは脱出の手段だ。




