19-2話
「自衛隊員の救出方法など、ここのメンバーで判断のできる者がいるかね? 現場に任せなさい。責任はこちらで取る。影村もそれが聞きたいだけだろう。良いですね、総理」
官房長官が議論を終わらせようとしていた。
「鈴木君、上手く逃げたな」
総理が苦笑する。
結城は、叱られる覚悟で口を開いた。
「影村にはアイディアがないので、国家安全保障会議に依頼してきたのです。日本の未来がかかったことですので安易な方法は取れません」
「なんだと……」官房長官が目を細めた。「……そこまで言うからには、結城君に策があるのだろうな。君はどうしたいのだ?」
結城は、あえて間を取り、低姿勢で話した。
「東京先端物理大学大学院の宗像博士と、東都大学の住吉比呂彦という学生を調査団に招聘しては、と考えています」
「物理学者はわかるとして、学生はなんだ?」
経済産業大臣が声を上げた。
「ATFが危険なものだと予言、いえ、警告していた青年です。彼は宗像博士の家に下宿しており、信頼に足る人物だと聞いています。彼がどこからATFの情報を入手しているのか、我々の聴取では明らかになりませんでしたが、彼は何かを知っている。彼こそがATFの核心のような気がするのです」
それは無謀ともいえる賭けだった。先の聴取時には妄想癖の学生だと判断した。そんな比呂彦がトラブルを解決できる保証はない。しかし窮地に陥り、藁をも摑みたい状況だ。事前の警告こそが〝藁〟の根拠だった。
「メンバーを2人増やす。それだけでいいのかね?」
官房長官の反応は意外だった。てっきり反対されるものと思い込んでいた。
「あ、はい」
「私ならかまわないよ。反対の先生もいないだろう」
そう決めつけてメンバーの顔を見まわした。反対の手が挙がらないのを確認し、結城に向いた。
「そういうことだ。2人をATF調査団に招聘することは認める。近隣住民への告知、及び住民避難は、ATFの核物質飛散の可能性が高まってから。それが会議の結論だ。以上」
官房長官が、会議の終了を宣言した。
結城は、宗像博士と住吉比呂彦に連絡を入れた。宗像博士は、天鳥船の調査だと聞くとすぐに招聘に応じた。
比呂彦に電話を入れると、彼は奈良にいるというので驚いた。
「聴取時、君の話を信じなかったことを謝罪する……」
結城は詫びたうえで調査団への参加を要請した。
『中に入ったのですね。それで困っている』
彼は何もかも知っているのだろうか?……結城は、信じようと決めていた比呂彦を疑った。彼は敵なのかもしれない、と。
「中に入った自衛隊員が2名……」
そこまで言って躊躇った。天鳥船の中で死者が出たことは重要機密だ。どこの馬の骨かもわからない学生に教えていいものだろうか? まして敵なら……。
『死んだのですね。まだ、中には生存者もいる』
「どうしてそう思うのだね?」
『想像しているのではありません。わかるのです』
「どうやって?」
『聴取時に話したはずです。担当者から聞いていないのですか? 僕は、あの船に乗ったことがある。今でも繫がっているのです』
繫がっているだと? UFOに連れ去られたことがあると言うような、虚言壁の人間ではないか?……つい、考えた。
『中には入らないよう、警告したはずです』
「神宮皇后が眠っているという話だったね」
『神功皇后が目覚めたら、死者は、5人ではすみませんよ』
3名の生存者も死ぬというのか?……どこまでが真実で、どこからが嘘なのか、彼を信じていいものなのか、結城の判断が揺れた。
「何とかして、生存者を救いだしたい。そのために、君に協力してほしい」
依頼しながら、電話交渉の難しさを感じた。顔が見えないので反応がわかりにくい。顔を見なから話せば、真実と噓の見極めも出来るのかもしれないというのに……。
『僕の使命は、神功皇后を起こさないことなのです』
「そのことと生存者を救いだすことと、トレードオフの関係だろうか? 両方、成立させることができるのではないかな? 彼らを救いだす間だけでいい。天鳥船を安全にできないだろうか? こうしている間にも、取り残された隊員の体力は消耗していく。彼らにも家族がいるのだ。彼らを悲しませたくはない」
彼に天鳥船を止められるのか、結城は半信半疑だった。が、溺れる者は藁をも摑む。彼が一縷の望みだった。比呂彦を必死で説得した。
『わかりました……』
彼が内部のものに手を触れないという条件を付け、12時間だけ天鳥船の動力を切ると約束した。
あの学生は何者なのだ?……通話を終えてから覚えたのは、傲慢ともいえる若者への反感だった。




