19-1話 結城利尚 ――国家安全保障会議――
影村から緊急連絡を受けた結城は総理を訪ね、許可を得て国家安全保障会議を招集した。メンバーは総理大臣、官房長官、外務大臣、防衛大臣、総務大臣、経済産業大臣、国土交通大臣、国家公安委員長の8名。それに事務局として結城が加わっている。
「問題は、ひとつ、自衛官の救出、ふたつ、放射能汚染が拡大した場合の住民避難です」
結城が天鳥船の発見と調査の経緯、内部での事故と放射線量の増加等、状況を説明したうえで問題をまとめた。
「待ってください」
手を挙げたのは国土交通大臣の雨宮だった。
「オーパーツというのですか。古代人の遺物が発見されたのはニュースで承知していたが、その調査に自衛隊を動員したとか、それが原子力機関を内蔵した危険なものだとか、まったく報告を受けていない。総理が独断で話を進めていたのなら、日本政府、いや、民主主義にとって由々しき事態です。そこのところを説明いただきたい」
彼は憮然としていた。
「あれは日本の将来を左右する貴重な技術資源だ。実際、アメリカさんも狙っている。それで私の独断で、秘密の内に調査を進めた。すべて国益のためだ。納得いただけないのなら……」
そこで総理は口をつぐんだ。彼が、大臣を辞めてもらって結構、と言おうとしていることは、結城はもちろん、大臣たちもわかっているはずだった。
「雨宮先生、お怒りはもっともだが非常時なのです。ここはグッとのみ込んでほしい。それがお互いのため、国家のためだ……」官房長官が話を引き取った。「……放射能は、数値が倍になったとはいえ、核物質そのものがATFの外に出ているわけではないと聞いている。いわば原子力潜水艦が近づいた、そのような程度らしい。慌てることはないだろう。そうだね、結城君」
「あ、ハイ。しかし……」
リスクを過小評価するのは危険だ。そう告げようとしたところで、官房長官ににらまれて口を閉じた。
「確かに原子力の問題には最大の注意を払わなければならない。下手な発表したらパニックを起こす。そうでなくても、地元からは風評被害がどうのこうのと、無益な議論を吹きかけられ、収拾がつかなくなるだろう」
経済産業大臣の東山が腕を組んだ。
「しかし、それでは後日発覚した場合、国民の支持を失いますぞ。今回の核は日本政府の関知しないものですから、早急に避難指示を出すべでは……」
江藤国家公安委員長が口を開くと、それを官房長官が制した。
「江藤先生、国民の支持を言う前に、公安部の手綱をしっかり握っていただきたいものですな。ATFの件、公安部員からCIAに漏れていたとNSCから聞いています」
「まさか……」
「そのまさかが起きるのが政治です。現地は山ばかりで何もないところ。被害が拡大することはない。それよりも、軽微なレベルで避難などさせていると、それが前例になってしまう」
会議の流れは官房長官の手に牛耳られていた。
「では、避難の件はもう少し様子を見ることにする。それで良いかな?」
総理が大臣たちの顔をぐるりと見まわした。反対の声は上がらなかった。
「最悪の場合、埋め戻してしまえばいい」
官房長官が言った。
「ATFの存在はすでにメディアに公開されています。埋め戻すにも理由が必要です」
「面倒な時代だな。項羽なら、関係者もまとめて生き埋めにしただろう」
総理が2200年前の秦の武将を持ち出して薄い笑みを浮かべた。
結城には、総理が自衛隊員ごと埋めてしまえと言っているように聞こえた。脇の下を汗が流れるのを感じる。あの痛風の痛みはどこかへ吹き飛んでいた。
「仮定が突飛すぎます。何れにしても、時代を変えるわけにはいきません」
「そうなのかね。時代を変えるのも政治家の仕事だと思うが……」
「細かな事象は変えられても、大きな流れは変えられません。無理に変えれば、総理の名に傷がつきます」
結城は応じた。
「君は、哲学的なのか、策略家なのか分からないな」
彼が冷笑する。
「お褒めの言葉と思っておきます」
結城は怒りを抑えて頭を下げた。




