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2-1話 此花姫香 --今--

 ――劣化ウラン弾反対!――


 ――核兵器を許すな!――


 ――原発反対!――


 シュプレヒコールを上げて歩く人間は、いわゆる意識高い系だ。自分だけでなく他人のためにも世界や社会を良くしようと行動している。そうした者に冷たい視線を向ける大衆の多くは非正規で働く低所得者だ。中には何もわからず怒りの目を向けるホームレスや高齢者たちもいる。


 姫香がサークルのメンバーと行進していると、「何やってるんだ!」と聞きなれない声がした。見れば、同じ年頃の背の高い男性が比呂彦の腕を取り、デモの列から連れ出そうとしていた。


 比呂彦の謝罪するような視線が姫香をとらえた。それから彼は列を離れた。姫香は彼を追った。今は〝核〟より彼に関心があった。


洋一よういち君。見ればわかるだろう。デモ行進だよ」


 彼らは道の端でやり取りをしていた。洋一というのが背の高い青年の名前らしい。


「ヒロは国立大の特待生だろう? 学費は文科省から出ている」


 その時はじめて比呂彦が特待生だと知って驚いた。どうりで賢く何でも知っているわけだ、と妙に納得した。


「それがどうだというんだい?」


 比呂彦の返事に感情の色はなかった。


「こんなところをテレビにでも映って見ろ。お役人は怒るぞ。NSC《国家安全保障会議》も公安もデモの参加者を録画しているし、顔認証でどこの誰が参加したのかもつかむことができる」


「そんなこと、僕はかまわないよ」


「まだわからないのか。日本人は情緒的なんだ。あれこれ調べられ、面倒なことになったらどうする?」


「なるほど。宗像むなかた博士にも影響が及ぶかもしれない。そういうことだね?」


 2人がやり取りしている横を、デモ隊はどんどん進んで行った。時々2人に眼を向ける参加者もいるが、ほとんどの人間は2人を無視している。


「あのう、どういうことですか?」


 姫香はデモに戻りたいのではなく、おそらく友人であろう2人の仲裁を買って出るつもりで間に割り込んだ。


「君は……」


 洋一の目尻が下がった。


「住吉君と同じボランティアサークルにいます。3年です」


「へー、まさか、デモもボランティア?」


 その質問にムッとした。


「違います。純粋に平和と安全のためです。それよりあなたは、どういう立場で住吉君に意見しているのですか?」


「僕は宗像洋一。東京先端物理大学の4回生で、彼の居候先の息子だよ」


 彼はそう言って比呂彦をあごで指した。


「僕は、彼のお母さん、宗像博士の家で世話になっているのです。宗像博士は日本でも屈指の理論物理学者で、国の研究所で働いています。東京先端物理大学でも教鞭をとっていたね。……彼は僕とお母さんの立場を慮って、僕の活動を制止しようとしているんですよ」


 比呂彦が評論家のように説明した。


「そうだったのね」


 姫香は状況を理解した。母親の立場のことがあるとはいえ、洋一が比呂彦のことを思っていることにも嘘はないだろう。とはいえ、どうすればいいのかわからない。


「洋一君と宗像博士には世話になっているけれど、それと僕の思想信条は別だよ。洋一君こそ、デモに参加しないか?」


 比呂彦がそんなことを言うので、呆れてしまった。笑いが込み上げる。


「先輩、何がおかしいのです? 僕は此花先輩のために……」


 そこで彼の言葉が濁って消えた。


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