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16-2話

『左隣のキーを押してください』


 山川博士の声がしたのは5秒ほど過ぎたころだった。


「了解」


 指を隣のキーに移動する。それは数字の9に似ていた。イーチ、と1秒数えた。そうやって、数秒ごとに隣のキーを押した。途中、長いブランクもあったが、キーの数は30個にすぎない。5分もかからず全部のキーを押し終えた。


『ありがとう。これで仕事は終わりです』


 その声に、拍子抜けした。


「もう終わりなのですか?」


 訊かずにいられなかった。


『ハイ。後は〝イグニス〟がやってくれます。……あっ、アンテナはそのままにしておいてください』


 野々村はテーブルの横に設置したアンテナに眼をやった。どうやら自分より、このアンテナの方が役に立つらしい。そう知ると切ないものがあった。


「ここを離れても良いということですね?」


 仲間の後を追おうと思った。そうして彼らが行った通路に眼をやり自分を疑った。


「なんだ……」


『どうかしましたか?』


「破壊したはずの扉が元に戻っています」


 振り返り、入ってきたドアも確認した。それも同じように元通りだった。


『そうですか』


 耳元から聞こえる声は驚いてはいなかった。


『内部もそうなのですね』


「どういうことですか?」


『ATFは自己修復機能を備えているようです。壊しても元に戻るのです。外殻もすでに元に戻っていますが、破壊の準備もできています。皆さんが外に出るのに支障はありません』


「はぁ……」


 中のドアも、都度、撃ち壊せばいいということだろう。しかし、と考えた。弾丸には限りがある。ドアの数がいくつあるかわからない。仲間に追いつくまで、弾丸が持つだろうか? それにしても、と思う。アンテナの設置、キーの試し押し。それらを含めても、ドアを破壊してから15分と経っていない。そんな短時間で大きなドアが修復するものだろうか? 事実なら、とんでもない科学技術だ。いや、自分はそれを目の当たりにしているのだ。


 無線をオープンモードに戻す。不安を胸に目黒1尉を呼んだ。


「こちら野々村。目黒隊長、応答願います」


『こちら目黒』


「任務が終了しました。合流の許可をください」


『許可する。すぐに来い』


 許可は嬉しかったが不安もあった。


「これから扉を破壊します。近くにいると被弾する可能性がありますが……」


 上手く説明できなかった。


『どういうことだ?』


「破壊したドアが復元しています。それを破壊しますので」


『そうなのか……』


 目黒1尉が絶句した。無線の先から他の隊員の荒い息も聞こえた。


「隊長……」不安で呼んだ。


『……我々は今、そのフロアのひとつ下にいる。野々村3尉の弾が当たることはない。……10メートルほど進んだところにスロープがある。そこを下りたところでドアを撃ち破ったところだ。すぐに来い』


「ハイッ」


 返事が上ずっていた。


 ニーリングの姿勢をとって自動小銃をドアに向ける。


 ――タタタタタ――


 自分が潜り抜ける穴をあけるよう、円を描くようなつもりで撃った。発射音は30、それで弾倉は空になる。ドアに点々と穴が開いたが、半円を描いただけだった。弾倉を交換して再度撃った。


 ――タタタタタ――


 弾丸を撃ち尽くして驚いた。最初に開けた穴の半分ほどが、すでに修復していた。


「クソ!」


 三度、弾倉を交換、引き金を引く。


 それが最後の弾倉だった。これで失敗すれば仲間との合流は不可能になる。そう思うとトリガーをひく指に力が入った。


 ――タタタタタ――


 かろうじて人が通り抜けることができる程度の穴をあけることができた。


 先に荷物をドアの向こう側にやり、次に自分が通る。放射線対応の装備は、狭い場所を通り抜けるには厄介な代物だった。自動小銃を握った両手を穴の向こう側について頭を通す。ガツンと肩が当たり、身体をひねった。


「やれやれだぜ」


 両肩を通し、伸びをするように上半身を通した。早く仲間と合流しなければ、彼らが階下で破壊したドアが再生してしまうかもしれない。そう思うと焦り、思うように身体が動かない。


『野々村3尉……』


 目黒1尉の声がした。合流が遅れているので案じているのだろう。


「ドアを破壊するのに時間を要しました。まもなく合流します」


『急げ』


「了解」


 身体を穴に通した四つん這いの状態で答えた。その時だった。


 ――フォンフォンフォン……――


 音と同時にオレンジ色の明かりが明滅した。


「ヤバイ……」何がヤバイのかわからない。ただ、何らかのトラブルが発生しているのは確かだ。


 ベルトのバックルが引っかかっているのか、腰の拳銃が邪魔なのか、通路側に出られない。対放射線用の装備は重厚で、そこを確認することさえできなかった。グッと腹部が圧迫されるのを感じた。


 穴が縮んでいる!……確信し、慌て、もがいた。腹部の痛みは増すばかり……。


「隊長!」


 苦痛の中で叫んだ。


 ――ダン――


 強烈な痛みと共に鈍い音を聞いた。


 刹那、サイレンのような音もオレンジ色の明かりも消えた。


 全身から力が抜けて指も動かない。「寒い……」その感覚は、唇を震わせただけで音にならなかった。意識がかすれ、漆黒の闇に落ちていく。


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