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15話 結城利尚 ――楽観と達観――

 国家安全保障局長の結城が総理執務室に足を運んだのは、自衛隊の特殊部隊が天鳥船の侵入に成功したことを報告するためだった。


「お時間をいただき、ありがとうございます」


 執務室のドアを開けると、そこには前日同様に鈴木官房長官の姿もあった。


「聞いているよ。あれの中に入れたのだろう」


 総理が笑みを浮かべた。


 結城は官房長官の横顔に目をやった。彼が告げたのに違いないと思った。


「はい。ATFが、あっ、ATFは国家安全保障局での天鳥船のコードネームですが……」


「AmanoToriFune、漢字をローマ字に置き換えた頭文字だろう。安直だな」


 官房長官が鼻で笑った。


「はい、左様で……」


 言葉を失い、ただ頭を下げた。痛風の痛みが倍加する。


「鈴木先生、部下をいじめるものではありませんよ」


 総理の労わりに涙がこぼれそうだ。


常在戦場じょうざいせんじょう、……国家の重職にある限り、その心意気で努めなければなりません。それは政治家も官僚も同じです。上にある者は、常にそこに戦場があると心得、下の者たちを鍛えなければならない。コードネームひとつでもそうです。簡単に推測されるようでは困る」


 官房長官が眼光鋭い顔を結城に向けた。


「……」


 結城に言葉はなかった。


「結城君。米国の国務省から、共同調査の申し出が外務省にあったそうだ」


「天鳥……、ATFの調査ということでしょうか?」


「それ以外にないだろう」


「アメリカさんも耳が早いな」


 総理が感心するように言った。


「公安のリークの可能性があります」


 官房長官の発言に結城は耳を疑った。NSCと公安部は何かと競い、牽制しあう関係にあるが、リークなどするだろうか?


「NSCを出し抜き、テロリスト情報との交換を持ち掛けたのでしょう。彼らがどの程度の情報を渡したのか。そもそも、彼らがどの程度ATFの情報を持っているのか。そこだと思います」


「ふむ……」


 総理の顔から笑みが消えていた。


 結城は官房長官の横顔を窺った。普段と変わらない冷めた目をしていた。


「官僚どもめ、相変わらず目先の利益しか見ておらんようだな。あれの価値を承知していないのだろう」


 総理の言葉に、官僚としての結城の胸が痛んだ。自分だって、いち公安部員なら情報を売るかもしれない。自衛隊が古代遺跡の中に入ったことぐらい、災害救助程度の事件だと解釈するだろう。それに比べたら、その小さな事実を、アメリカ政府は正当に評価したといえる。さすがだ、と唸った。


江藤えとう君にきつく意見しなければならないな」


 総理は国家公安委員長の名前をあげた。


「しかし、ATFの件は、江藤先生にもこれですから」


 官房長官が唇に人差指をあてた。


「そうだったな」


「形だけの職ですからな。それよりもアメリカの方です。やはりATFの技術を手に入れようとしているのに違いありません。あれはそれだけ価値のある技術だということです。……しかし、渡った情報は少ないと考えられる。もし、内部の原子力機関の存在を知ったら、IAEAを利用してでも、強引な介入に出て来るでしょう。調査はアメリカ抜きで進めるのが国益にかなうと考えます。しかし、そのためには費用と時間が要るでしょう」


 官房長官が淡々と話した。


「わかった。資金はあるだけつぎ込もう」


「アメリカの要請はどうしましょうか?」


「現時点では古代遺跡の調査は順調だと断ってくれ。放射能はわずかなウラン鉱があった、というぐらいでいいのではないか? 役に立つものなら、後日提供すると伝えておけばいいだろう」


「そうですな」


 2人の政治家が笑みを交わした。


「で、結城君。他に新しい情報でもあるのかな?」


「内部でコンソールパネルが見つかりました。それに文字が書かれているということです」


「コンソールパネル?」


 政治家たちが首を傾げた。


「パソコンのキーボードのようなものです」


「ほう、それはすばらしい。で、何と書かれていたのだね?」


 総理がピントのずれた質問を口にした。


「文字が何語か、まだ判明しておりません。現場にいる考古学者はフェニキア文字に似ていると言ったそうです」


「フェニキア……」


 二人の政治家が顔を見合わせた。皆目見当がつかないのだろう。


「フェニキアは紀元前3000年ごろの文明だということです。いずれにしましても、現在、コンソールパネル周囲から漏れる電磁波を拾い出し、ATFのシステムを分析、解明すべく、宇宙開発機構の山川博士が取り組んでいるところです」


「ヨッシ……」総理がポンと手を打った。「……今や国債発行額は天井知らず。予算は何とでもする。とにかく天……、ではなかった、ATFだったな。それの技術を何としても我が国のものとし、低迷する経済の起爆剤とするのだ。……ん、昼だな。腹が減った。今日は天ぷら蕎麦にしよう。海老のでっかい奴だ。結城君も一緒にどうだね?」


 彼が席を立った。


「私はまだ仕事が残っておりますので……」


 海老は痛風に悪い。そう考えて総理の誘いを断った。


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