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12-2話

 姫香が比呂彦と合流したのは、昨日、天鳥船を見おろしたあの岡の上だった。昨日と異なり、そこには彼以外にも大勢の人がいた。大半は近隣の住人だが、吉本准教授や久保田准教授の姿もあった。皆、天鳥船とその上で作業をしている自衛隊を見ていた。見物人の中には目つきの鋭い刑事のような人物がいて、チラチラと見物の様子をうかがっている。


 眼下の自衛隊は、天鳥船の後円部に大量の土嚢を積み重ねている。それがただの土木作業でないということは、上空を飛ぶヘリコプターの数でわかった。モスグリーンのヘリコプターが3機、周囲を警戒するように旋回している。


「何があったの?」


 姫香は天鳥船を見つめている比呂彦に尋ねた。


「人間の欲というものは、どうしようもありませんね。今朝、あそこを爆破して、自衛隊が内部に入ったのです」


 彼が土嚢がつまれた場所を指した。


「昔は欲のために墓を暴いて埋葬品を盗ったけれど、今は違うわよ。歴史を知るために調べているの。もちろん、素朴な好奇心があることも否定しないけど……。でも、そのために貴重な遺物を爆破するなんて……。でもおかしいわ。中に入ったのなら、どうしてそこに土嚢を積んでいるの? 出られなくなるじゃない」


「もう一度、爆破するつもりなのでしょう」


「どういうこと? わからないわ」


「爆破で開いた穴が閉じてしまったからです。天鳥船の外殻は自己修復するのです。内部を守るために」


「ウソ……」


「噓ではありません」


 驚きで言った〝ウソ〟を訂正され、そのことに驚いた。さすがに今度は〝ウソ〟とは言い難い。


「昨日、住吉君が言ったこと、本当なの? あの中に神功皇后が……」


「僕に噓を言うメリットがありますか?」


 彼の澄んだ瞳が姫香を見ていた。眩しい、と感じた。


「さあ……、わからないわ。住吉君、謎めいているから……」


 そこが良い、とは言えなかった。


「世界には謎が沢山あります。そもそも、宇宙の存在が謎です」


 彼が空を見上げた。まるで、そこを飛びたいと言っているように見えた。


「それは神様にしかわからないことね」


「神の存在も謎のひとつです」


「住吉君は、神様はいると思う?」


「いるといえばいる。いないといえばいない。……かつて、あの中に神はいたのです」


 姫香は彼の視線を追った。それは天鳥船に向いていた。


「かつて?」


「今は、人の中にしか神はいないのかもしれません」


 相変わらず意味不明なことを言うのね。……姫香はそれを口にするのを止めた。話せば話すほど、頭が混乱しそうだ。


 しばらくすると土嚢を積む作業は終わり、作業に当たっていた自衛隊員がその場を離れた。何かが起きるのか、見物人は固唾かたずをのんで見守った。しかし、30分経っても何も起きなかった。


 太陽に焼かれて耐えられなくなった人々が岡をおりた。残ったのは、姫香たち他わずかな見物人と、目つきの悪い男性たちだけだった。比呂彦が間を持たせようとでもするように口を開いた。


「部長はどうしたのですか?」


「ひとりで法隆寺と奈良の大仏をまわるって」


「此花先輩は、部長と行かなくて良かったのですか?」


「住吉君が、吉本先生に無茶を言いそうで……」


 そう口にして、吉本准教授のことを思い出した。さっきまで近くにいたのだが姿がない。


「住吉先生のことが心配でしたか? 僕が暴力に及ぶとでも?」


「そんなことないわよ」


 心配なのは比呂彦の方だ。普段冷静な彼が、こと天鳥船のことに関しては、不合理なことを言い出すのだから。


「それにしても暑いわね……」


 銀色の太陽を見上げ、それから比呂彦に目をやった。相変わらず、彼は汗をかいていない。


「どこか、涼しい場所に行きましょう」


 比呂彦が言って、坂道に向かった。姫香はその後を追った。


 彼は歩きながら、自衛隊が諦めてくれたらいい、というようなことを言った。姫香は、それはないだろうと思った。宇宙探査、DNA分析と、人間は好奇心を抑えられない生物だ。その研究は神の領域に迫る。人類が滅びるまで、それは続くに違いない。天鳥船がオーパーツだとわかった今、日本政府が調査を止めることはないだろう。


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