9-2話
「明らかにATFは文明人が造ったものです。これはグラハム・ハンコックが〝神々の指紋〟で証明を挑んだ超古代文明の遺産に違いない」
鏑矢博士が腰を浮かして宣言した。ATFは天鳥船のローマ字表記からとったコードネームだ。
「南極大陸に滅んだ超古代文明があった、というあれですね。しかし、ATFがUFOだという可能性がなくなったわけではありませんよ」
宇宙開発機構の山川孝雄博士が軽く異議をはさむ。
「周囲で観測される放射線の件ですが……」
そう切り出したのは、つくば原子力エネルギー研究所の糀谷幸雄博士だった。
「……ATFが放射能に汚染されているのではなく、あれ自身に必要なもののようです」
「どういうことです?」
「ATFから放出されている放射線はベータ線とエックス線の2種類です。それがどちらも外殻の60センチメートルの距離で奇麗に消失している。ATF全体を包むように均等に広がっているのです」
「奇怪ですね」
鏑矢博士が首を傾げた。
「推測ですが、それが何らかのセンサーの役割を担っているのではないか?」
「センサー……、 二つの放射線の特性の差異を利用して、何かを検知しているということですな」
研究者たちがそれぞれの分野に応じた妄想を膨らませる。
「すると問題は……」
影村に視線が集まる。影村は、あえて時間をかけ、彼らをぐるりと見まわした。
「……ATFのシステムは今も生きているということです」
なるほどという賛同と、まさかという懐疑の声が入り乱れた。
「生きているなら、飛ぶ、ということですな」
渡辺が立ち上がると、研究者たちが黙った。
「我々考古学者は、天鳥船が乗り物だと考えています」
「本気ですか?」
山川博士が声をあげた。それは反発ではなく、同志を得た喜びのようだ。
「説明しましょう。天鳥船は日本神話の天孫降臨の中に出てくるものです。天照大神は孫のニニギノミコトを地上におろす前に、建御雷神を派遣します。先遣隊のようなものですな。その時、建御雷神と共に下りてくるのが天鳥船です。それが乗り物なのか、神なのか、研究者の中でも意見の分かれるところです。他にも似たようなものとして、ニギハヤヒ命を乗せた天磐船が生駒山に下りたという伝説もあります。スクナビコナを乗せてきた天羅摩船というものもある。……私見ですが、それらはおそらく同じものでしょう。伝説や伝承には、何らかの背景があるものです。これまで私は、それらの船を、地上と天や神の国を結びつけるために便宜的に創作された乗り物だと考えてきました。しかし、あれを見たなら……」
渡辺教授はモニターに目をやり言葉をのんだ。
――パン、パン、パン――
影村は手を打った。
「ありがとうございます、博士。私も、いや、日本政府もATFが空を飛ぶ前提で調査に入っているのですよ。問題は、その船の中に入り、動力システムを含む様々な科学技術を解明することです」
無駄な議論は避けたい。話題を元に戻した。




