9-1話 影村辰夫 ――爆破――
科学技術庁の下に設けられた天鳥船調査団は影村が指揮を執っていた。天鳥船の内部を調査し、駆動機関の解明とその技術の獲得が最大の目的だ。メンバーには、自衛隊の兵器開発技術者と大学や企業の研究者が召集され、考古学者のチームの中からは四条教授と渡辺教授だけが参加を認められた。自衛隊からは、周辺警備の他に内部調査の手足として働く特殊部隊員30名も派遣された。
2階建ての大規模な仮設建物が現場に設置され、そこを調査本部として特殊部隊員が常駐した。1階がオフィスと機械室で、2階が寄宿舎になっている。
オフィスには数十台のモニターが並んでいて、天鳥船を様々な角度からモニターしていた。オペレーターの大半は科学技術庁が集めた科学者の助手たちだ。
中央には会議用の大きなテーブルが据えられていた。科学者たちがそれを取り囲み、難しい顔をしていた。中央に席を占めた影村は、彼らを見回す。
「さて、今日が期限ですが、出入り口は見つかりそうですか?」
憂鬱な気分で尋ねた。天鳥船を国家の管理下に置くだけの簡単な仕事のつもりで奈良にやってきた。ところが、結城局長の命令で天鳥船調査団の指揮を執ることになった。その秘密を解明するとなると簡単なことではないだろう。それは天鳥船を始めてみた時から抱いた感想だった。
官僚としては調査を成功して当たり前、失敗すれば出世の道を断たれかねない。そんな気持ちが鮫島譲治を見る目を厳しくしていた。ほとんどの研究者が大学や国立の研究機関に所属する中にあって、彼だけがセントラル・セラミックという民間企業の研究所に属していた。
「電子顕微鏡とAIによる可視光と赤外線検査を行っています。これまで露出している外殻の83%を終了していますが、扉やハッチどころか、ナノミクロンレベルの傷も見つかっていません」
鮫島が恐縮した面持ちで報告した。
「するとあれは、完璧な密閉空間なのですか?」
失望を覚えながら壁面にあるひとつのモニターに眼をやった。考古学者たちが非破壊検査会社に依頼して判明した内部構造が映っている。
「私の方からは、なんとも申し上げられません。引き続き、残りの部位を調査する予定です」
「期限は今日まででしたが……」
影村が指摘すると、鮫島は唇を噛んだ。
「成分分析は済んだのでしょうな?」
渡辺教授が考古学者の存在を誇示するように、ふてぶてしい口調で訊いた。考古学者でその場にいるのは彼だけだ。プライドが許さない四条教授は、会合には一度も顔を見せていない。
「サンプルが少なく……。現在わかっているのはセラミックの一種ということだけです」
鮫島が肩をすぼめた。
「我々は……」切り出したのは東都大学素粒子研究所の鏑矢駆だった。「……素粒子レーダーで判然としない前方部を調査しました。発信機から素粒子を照射し、受信機側に届く数や角度で内部構造を分析する手法です。素粒子の種類によって透過できる素材、反射角度などが異なるので、エックス線などよりは詳細なデータが取れます。あれを……」
彼は背後の助手に上半身を傾ける。命じられた助手がコンソールを操作し、調査結果を一番巨大なモニターに映した。非破壊検査では判然としなかった内部構造が、それよりはわずかだが鮮明になっている。
それは3D画像になっていて、助手の操作によって見る角度が変えられた。見る角度が変わると、内部にある箱状の物も立方体であったり円筒形であったりと姿形を変えた。配管らしきパイプ状の物は、まるで天鳥船の血管のように、分岐と結合を繰り返しながら天鳥船全体に走っていた。
「ほぉー」「これはすごい」「こんなものが1800年も前から……」「間違いない。船ですな」「原子炉のようなものは見られないが……」「後円部にも動力部があるのかもしれませんな」
テーブルを囲む科学者たちの中から感嘆と驚愕、疑問の声があがった。影村も希望の灯を見た気がした。
「それで、出入口らしいものは確認できましたか?」
尋ねると、「残念ですが」と鏑矢博士が首を振った。
「そうですか……」
一転、影村の気持ちに影が差した。




