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8-4話

 テントの前にたどり着いた時には背中を汗が流れていた。テントは閉め切られていて、わずかな隙間から涼しい空気が漏れ出している。


「クーラーが入っているようね」


 純子が無邪気な笑みを浮かべた。


 姫香はテントの出入り口から半身を入れた。中には長テーブルが4台ほど並べてあって、土器や木棺の破片が並んでいた。数人の研究者がそれらを手にして何かを探しているように見えた。そこに吉本准教授の姿はない。


「あのう……」


 自分は吉本准教授のゼミ生で、彼を探していると告げた。


「ああ、吉本先生なら、岡の頂上にいると思うわよ」


 眼鏡をかけた美しい女性が応じた。テレビで視た久保田准教授だ。

姫香は礼を言い、テントから上半身を引き抜いた。


「中で涼みたかったわね」


 純子の声が抗議に聞こえた。


「すみません」


 そうびて、乾いた坂道を上る。全身から汗が噴き出した。


 ふと気づいた。前を歩く比呂彦は、ほとんど汗をかいていない。


「住吉君、暑くないの? 汗をかいてない」


「暑いですよ。汗をかかない体質なんです」


「羨ましいわぁ」


 背後から純子の声がする。


「ですよね」


 ハァーっと胸の中の空気を吐き出して足を運ぶ。


「おや、どうした?」


 姫香が見つけるより早く、吉本准教授が認めたようだ。その声に頭を持ち上げた。


「先生、お久しぶりです」


「お久しぶりって……」


 彼が苦笑した。


 数メートル上り、彼の前に立って、改めて来意を告げた。


「天鳥船なら、後ろを向いてごらんよ」


 彼が姫香の後ろを指した。


「エッ……」


 姫香たちは振り返り、息をのんだ。眼下に前方後円墳型の天鳥船と、それを隠すように築かれた鉄製の壁があった。天鳥船の周囲には白い作業着姿の人間が数十名いて作業を行っている。彼らが身に着けているのは放射線防護服だろう。それは姫香にもわかった。


「思ったより大きいのね」


 純子が声を上げた。比呂彦は身じろぎもせず、冷めた瞳で見つめていた。


「どうして先生はここにいるのですか? あれの調査をしないのですか?」


 尋ねると、吉本准教授の顔が曇った。


「僕らは排除されたんだよ」


 そう言ったのは、吉本准教授の後ろにいた矢野准教授だった。


「矢野さん、学生に話さなくても……」


「学生だからですよ。世の中の不条理を教えてやるべきだ」


 彼の発言に吉本准教授が顔を歪めた。


 比呂彦が前に出る。


「2年の住吉です。吉本先生の歴史の授業を取っています。何があったのですか?」


「ああ、顔は覚えているよ……」


 吉本准教授は、渋々といった態度で話した。天鳥船の調査は考古学者たちの手から、科学技術庁が集めた工学系の科学者たちの手に移ったということだった。


 姫香は吉本准教授に対する同情と政府に対する反発を覚えた。


「どうしてですか? 遺跡を見つけたのは吉本先生たちだったはずです」


「あれはオーパーツだ」


 彼が天鳥船に目をやった。


「オーパーツ……。古代のものではないということでしょうか?」


「いや、古代のものだよ。地層や埋まっていた状況を考えれば、あれは千年以上、あそこにあったと思う。ところがあれは、ただの巨石ではない。人工的なものなのだ」


「それって、どういうことでしょう?」


「高度な科学の産物だよ……」答えたのは矢野准教授だった。「……天鳥船が古代人や宇宙人の乗り物だとすれば、動力は核だろう。だからこそ、放射線の反応がある。その場合、核がどのように使われているのか?……現代人のように核エネルギーを熱に変えてから使用するというものではないはずだ。今の原子力エネルギーは効率が悪すぎる。政府は、新しい原子力技術を手に入れようとしているのだ」


「まさか……」


 姫香と純子の声が重なった。比呂彦も驚いているだろうと思ったが、彼は相変わらず天鳥船を凝視していた。


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