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8-3話

 姫香の脳裏に疑問がわく。


「草薙剣が、木と石の箱に入っているって、どうして住吉君は知っているの? 誰も見ることができないのでしょ?」


「そうよ! どうして?」


 純子の顔がパッと輝いた。


「江戸時代に傷んだ木箱を新しいものに替えることになったそうです。外側の木箱だけです。ところが、それに携わった神職たちは好奇心に敗けたのでしょう。赤土を取り除き、石の箱を開けて中身を見てしまった。その中の誰かが記録を残しました。それを書くまでは生きていたようです。……御神体は長さ二尺七寸(ばか)り、刃先は菖蒲あやめの葉なりにして、中程はムクリと厚みあり、本の方六寸許は節立て魚等の背骨の如し。……菖蒲の葉のようだということは、草薙剣は両刃なのかもしれません」


 彼が淡々と話した。


「背骨の如し、って……。ヒロ君、丸暗記しているの?」


 純子が目を丸くした。


「はい、丸暗記は得意なのです」


「さすが特待生ねぇ」


 彼女が全身で関心を表す。姫香も言葉がなかった。彼に常人離れしたものを感じた。


 3人は京都駅でJR奈良線に乗り換えた。東福寺、伏見稲荷、萬福寺、宇治平等院、……沿線には有名な神社仏閣が多い。姫香はそれらの縁起をガイドブックにある程度に説明した。純子はあれこれと姫香の知らないことまで知りたがり、都度、比呂彦が教えた。相変わらずの知識の豊かさだった。「脳がインターネットにつながっているのね」と純子が笑った。もはや姫香も驚くことがなかった。


 電車は各駅停車で奈良駅まで1時間ほど要した。そこで桜井線に乗り換えた。2両編成の可愛らしいローカル線だった。


 桜井線沿線にある史跡は、奈良線沿線にあるものより古い。名の通る建物は大神神社や物部氏が祭祀した石上いそのかみ神宮と多くはないが、箸墓はしはか古墳、黒塚古墳、ホケノ山古墳といった古墳時代前期を代表する古墳が多い。特に箸墓古墳は邪馬台国やまたいこくの女王、卑弥呼ひみこの墓と考える研究者も多く話題にこと欠かない。そうしたことを姫香が説明しているうちに電車は桜井駅に着いた。


 発掘現場の出雲集落へはタクシーを使った。20分ほどでそこに着いた。


「何よ、これ!」


 思わず声をあげたのは、発掘現場がまるでビルの建設現場のようだったからだ。天鳥船の周囲は高い金属製の塀で囲まれ、至る所に遺跡には似つかわしくない様々な重機やトラックが並んでいた。建設現場と違うのは、塀の向こう側が静かなことだ。


「全然見えないわね」


 塀を見上げた純子が呑気そうな声を発した。その額を汗が流れている。8月の太陽は彼女の肌を焦がしていた。


「アッツー」


 彼女が天頂に近い太陽に文句を言った。


 巨大な門の前には目つきの悪い警備員が立っていた。


「東都大学の吉本先生に会いに来ました。中に入れてもらえますか?」


 姫香が頼むと彼が見下ろす。何かを疑うように目を細めた。


「考古学の先生か?」


「はい」


「考古学の先生たちなら、あっちだ」


 彼が道路向かいの岡を指差した。見れば、中腹にテントが立っている。3人は、それを目指して坂を上った。


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