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8-1話 此花姫香 ――草薙剣――

 姫香がエアコンの効いた図書館で調べ物をしているとスマホが振動した。比呂彦からの電話だ。スマホをガッと握り、話ができるホールへ走った。


『此花先輩、天鳥船を見てみませんか?』


「住吉君、どうして私に?」


 彼から電話が来るのは初めてだった。心臓がバクバクいって破裂しそうだ。


『僕を吉本先生に紹介してください。天鳥船を直に見てみたいのです。旅費は僕が負担します』


「そんな……」


 たとえ吉本准教授の教え子とはいえ、世紀の大発見と言われている天鳥船を見せてもらえるだろうか?


『大丈夫です。僕と此花先輩が行けば、吉本先生は融通ゆうづうをつけてくれるはずです』


「そうなの? 根拠は?」


『僕の勘です』


「アハ……」


 思わず膝が崩れた。


 翌朝、比呂彦と京都行きの新幹線に乗っていた。諏訪純子も一緒だ。比呂彦に恐怖は覚えないが、二人だけで間違いがあっては、と彼女を誘った。


「私、お邪魔虫じゃない?」


 新幹線の3列シート。窓際に座った純子が、真中に座った姫香から通路側の比呂彦へ、視線を流した。


「でも、お似合いよ、ヒメとヒロ。美男美女のカップルだもの」


「そんな……」


 姫香は胸がムズムズして否定できなかった。比呂彦はどうなのだろう?……目を向けて反応を探る。彼の横顔はいつもとかわらず、感情を読むことはできなかった。


「こうやって優勢な遺伝子が残されていくのかと思うと、複雑な気持ちだわ」


 言葉と裏腹に彼女はカラカラ笑い、缶コーヒーのプルタブを引いた。それをグビグビ飲みながらサンドイッチにパクついた。新幹線が新横浜駅を通過するところだった。


 食事を終えた彼女は自分のトートバッグから缶ビールを取りだす。完璧な旅行モードだ。


「悪いわね、ヒロ。私の分の旅費まで出してもらって」


「いえ、僕の都合ですから」


 比呂彦が事務的に応じた。


「特待生だから、授業料分が浮くのかしら?」


 彼女はからかっただけなのだろう。しかし、趣味の悪い言い回しだ。そんな印象を打ち消そうと咄嗟とっさに声をかけた。


「部長、つまみはポテチでいいですね」


 コンビニに立ち寄って買ってきたコンソメ味のポテトチップスを出して袋を開けた。


 それからしばらく、姫香と純子は奈良や京都の話をした。東大寺の大仏や法隆寺、祇園祭や五山の送り火の話だ。話題は鹿せんべいをねだって群がる奈良公園の鹿や大和郡山市の金魚すくい大会にまで及んだ。比呂彦は眼を閉じていた。眠っているのではなく、女性の雑談から逃げているようだ。


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