「冒険再開だ!」
【ローファンタジー】
かつて僕たちは冒険者だった。
ねぇ相棒。どうして君は今、アルコールを飲んで天井を仰ぎ見てるの。僕たちの見るべきものは、大きくて広い大地と空なはずだ。昔はそうだったろう。相棒。
思い出してよ。君と僕が初めて出逢った頃のこと。君の瞳は輝いていた。僕のブラウンの毛も艶々だった。ただのテディベアだって言われるかもしれないけれど、君の笑顔が好きだったんだ。
君は僕に『相棒』って言って、いろんなところに連れて行ってくれたね。人のたくさん居る公園や、君の友達の家。大きなテーマパーク。様々な場所に連れて行ってくれて僕は胸が躍った。
僕にとってこの世界はファンタジーだ。例えそれが人の造りだした虚構だったとしても、とっても楽しかった。だけれど、君の瞳は大人に成るにつれて輝きを失っていく。
(どうして。ねぇどうして)
僕は君と話すことが出来ない。動くことも出来ない。何も出来ない。僕は君が居ないと冒険が出来ない。構ってくれないと寂しいよ。
君はずっと、
「死にてぇ」
って言っている。あぁかみさま。どうか目の前の彼を救える力を僕にください。そう願ったら、僕のつぶらな瞳に相棒の祖母が浮かんだ。彼女は僕に、
「コウキをなぐさめてあげて」
そう言った。僕には方法が分からなかった。けど、身体は動くようになったみたい。埃まみれのまま僕は相棒に向かってこっそりと歩いて行った。
「ねぇコウキ!」
「!」
僕も驚いた。声が出せたからだ。
相棒は僕のことを少し怖がってるみたい。呪いの人形じゃないよー。僕は公園で見かけた猫の様に体をくっ付けてみた。
「ははは、遂に幻覚でも見るようになったか」
「幻覚じゃないもん」
「言っても良いんだぜ。死ね、このアルコール中毒! って」
「そんなこと言わない」
「へへっ。変な幻覚」
「幻覚じゃないもん」
僕は払い除けられた。
今度は相棒の友達の家での会話を思い出してしてみる。
「ナツ君にコントローラー返した?」
「……そう言えばまだだなぁ」
「返さなきゃ!」
「今更憶えてねぇだろ」
またまた僕は払い除けられた。
じゃあ今度はと、テーマパークでの思い出を語ってみた。
「いろんなアトラクションに乗せてくれたね」
「あぁ」
「楽しかったね! また行こうね!」
「一人でか」
「え?」
今度は払い除けられなかった。代わりにそっぽを向かれてしまった。グビグビとお酒を飲む音が聴こえる。
「止めてよ。それ以上飲まないで」
僕が相棒のお尻をポコポコ叩く。相棒は止めてくれない。僕は開いているアルコールの缶を全て蹴り倒した。零れるアルコール。相棒の顔が真っ赤になった。怖い。でも、僕は相棒に笑顔になって欲しかった。
だから追いかけっこ。
「この、変な幻覚め! 捕まえてやる!」
「捕まえられる物なら捕まえてごらん!」
小回りなら僕の方が効く。隙間に隠れたり、物陰に隠れたり、相棒の両足の間をすり抜けたり。我ながら鮮やかに逃げ倒した。相棒は息切れしてるみたい。タンスの角に指もぶつけたりして。
普段運動しないからそうなるんだ。やれやれ。
僕は相棒に言った。
「おひさま浴びて来なよ」
「何でテメェにンなこと言われなきゃなんねぇんだよ」
「相棒だからさ」
「……」
ふふ、正直もう昔のことなんて覚えてないよね。知ってる。でも、僕の気持ちは伝えておかなくちゃ。相棒はしばらくしたら僕のことを捕まえてどこかへ連れて行った。
(はは、捨てられちゃうのかな)
相棒、楽しかったよ。
――――ジャアア……。
冷たい!
水だ。今僕は水をかけられている。そのうち泡モコモコになって、熱い風をかけられた。荒々しかったけど、心地が良い。僕は相棒に訊いた。
「どうして洗ってくれたの?」
「……行けねぇだろうが」
「?」
「一人じゃ冒険に」
「!」
相棒!
僕は君の心の中の記憶を知っている。必要なら取り出してあげるよ。だからさ。おひさま、浴びに行こう!
「冒険再開だ!」