微笑むベビーカー
【ホラー】
「きゃっきゃっきゃ」
電車の席の向かいにベビーカーを押したお姉さんが居る。微笑ましい。だけど、彼女は育児で疲れているのか、髪は長くて若干ボサボサだ。前髪で片目が隠れている。
いろいろ察した俺は、席を譲ろうとした。
彼女は、
「良いですよ。次で降りますし」
そう言って断った。ベビーカーからチラッと見えた、赤ちゃんの真っ白な陶器のような整った手。少し痩せているように見えたが、俺は自分の席に戻ってスマホをいじっていた。
SNSでさっきの出来事を呟く。
≪席譲ろうとしたら拒否られたw子どもうるせぇ≫
俺のフォロワー人数なんて知れてる。知っているアカウントから、慰めの言葉なんかを貰って、それなりに楽しんでいた。実際に赤ちゃんの声をうるさいとは思っていないが、話はつい盛ってしまうモノだ。
――――ピロリン、ピロリン♪
到着音が鳴る。電車が停まり、さっき声を掛けたお姉さんが、ベビーカーを押しながら、こちら側の出口に近づいてきた。俺はなんだか赤ちゃんの顔が気になって、ベビーカーの中を覗いてみる。
すると、
(……!)
なんと中に入っていたのは古い西洋人形だった。精巧に描かれたクリクリの目がこちらを見ている。俺は、背筋にだらりと水をかけられた感覚がした。うへぇ、気持ち悪ぃ。
ちょっと声かけちゃマズい人だったか。
(あれ。じゃあ、ベビーカーの中で笑ってたのはいったい……?)
お姉さんは何食わぬ顔で電車から降りて行った。俺はそのことをSNSに書き込もうとした。1件のダイレクトメッセージが届いている。おかしいな。俺の知人でいきなりダイレクトメッセージを送ってくる奴なんて居たっけ?
しかも見たことない、真っ黒なアイコンだし……いたずらメールか?
(!)
俺はそのメッセージを見て背筋が凍った。
≪うるさくて悪かったな≫
そのメッセージと一緒に、さっきの西洋人形の写真が添付されていたからだ。アカウントバレでもしてるのか。あまりにも気味悪すぎる。そのことを知人に相談しようとしたら、また真っ黒アイコンのアカウントからダイレクトメッセージが来た。
そこにはこう書かれていた。
≪誰かに話したら殺す≫
けっ。
そんなの知るかよ。俺は続けて、一番仲のいい友人に今あった出来事を送信しようとした。そのとき。
――――キキィーーーーッ!
電車は大きくぐらついて、轟きながら横に倒れていった。
(脱線か!?)
車内にいる全員が、「うぅ……」と圧迫されながら息絶えていく中で、赤ちゃんの笑い声だけがハッキリと車内に響いていた。くそぅ。俺の意識も、ここまで、だ……。