走馬灯
【コメディ】
一瞬の出来事だった。身体に何か強い衝撃が走る。気が付けば私は道路のど真ん中で寝っ転がっていた。血が出ていたかは分からない。それよりも全身が痛い。薄れゆく意識の中で、私は様々な人のことを思い出していた。
〈はい、これオマケね。沢山食べて元気出して!〉
社食のおばちゃんだ。彼女は、私がいつも上司から人前で怒られているのを見ている人物。優しくて気前のいいおばちゃんだったなぁ。私、もしかして走馬灯を観てるのかな?
今までどんな人に出逢って来たっけ?
〈必要以上に自分のことを責めないで!〉
ふふふ。小学生の頃の先生。真面目で正義感が強くて、いっつも正論をかましてくる人だったなぁ。でも私がいじめられそうになったら、一生懸命止めてくれた。心強い先生だったなぁ、懐かしい。
〈生まれ変わったら異世界のノミになろう!〉
ん、誰だ?
やだよ。なんでノミ? 頭おかしいんじゃない。異世界とか在るわけないじゃん。ちょっと頭混乱してるのかな。変な走馬灯になって来た。嫌な予感がする。どうせ死ぬならきれいな記憶を思い起こさせてよ。
〈カナさん。アナタのことが好きです!〉
そうそう。こういう記憶。同僚の清水君の言葉ね。あの時は仕事に手いっぱいで断ったけれど、快諾しておけばよかった。実はとっても頼もしくて気配りが出来て気になってたのよね……。
走馬灯で知ったわ。私、良い人に出逢ってきたのね。思い残すこと無いわ。
次は両親かな?
〈あのカミナリ。私の詠唱で起こしたんだー!〉
それ、私の幼いころの黒歴史! 走馬灯って私以外の誰かを浮かべることじゃないの!?
〈お母さん。なんか長い鼻毛が抜けた~〉
うわ。私の洗顔後の一言じゃない!
そう言えば私、今日それしかまだ言ってない。ってことはこのまま死ねば、鼻毛の話が『最後の言葉になる』の?
〈わー、本当ね! パパのすね毛みたい♪〉
走馬灯で会話しないで! 嫌よ嫌! こんなんで死んでたまるもんですか! 人生の最後の言葉は、『悔いのない日々でした』に決めてるんだ! 鼻毛で終わって良いはずがない!
私は最大限の力を振り絞って、目を開けた。息を吸った。
「――――あ、カナさんの意識が戻りました!」
私の名前を連呼する救急隊員の姿が見えた。それに応えると歓声が挙がった。どうやら本当に命が危なかったみたい。でも、助かった。
さすがに、あんな走馬灯で死にたくないもんね。当然だわ。