キース殿下の心は永遠の十四歳……
――現在。キース殿下の執務室。
デスクを挟んで、端正な物腰で佇むフルーリエン伯爵が口を開いた。
「そういえばキース殿下は五年前、ガートルードがグラッドストン大聖堂に入る際の、『初誓願の儀式』に出席していますね」
フルーリエン伯爵のオレンジ色の髪が光を淡く反射するのを眺めながら、キース殿下は軽くため息を吐いた。
「ああ、まぁな」
「彼女自身はどんな気持ちだったんでしょうね。……まだ子供といっていい十五歳という年齢で、十以上も年上の男に見初められ、相手が目の色を変えてつきまとってきて」
「……俺ならゲロ吐いてるね」
キース殿下は安定のお下品ぶりである。
しかし彼には天性のバランス感覚があるというか、限度を超えた悪態をつく時に限って、気品のある表情を浮かべたりする。
この時も、キース殿下が物思うような表情を浮かべたもので、フルーリエン伯爵はそれを眺め、『いつもこんな顔をしていれば、女性に大人気だろうに』と考えていた。
神はキース殿下に多くのものを与えたが、最後の最後に仕上げで大失敗し、取り返しのつかない残念要素を混ぜ込んでしまったような気がしてならない。下ネタを口にした時だけ、この残念要素が先に出尽くすので、まっとうな部分がやっと顔を出すのではないか?
神が仕上げを大失敗した男――キース殿下が続ける。
「『初誓願の儀式』に出席したっつっても、俺はガートルードとは話をしていない」
「そうなのですか?」
「俺はあの時トリフォリウムにいたからな。二階部分だから、向こうからは見えてもいなかったんじゃないか」
……なるほど。フルーリエン伯爵にも状況が分かった。
キース殿下は会衆席の側面上部にあるトリフォリウム――アーチの奥にある狭い通路部分にいたらしい。そこから祭壇にいるガートルードを遠目で眺めおろしていたのか。
キース殿下がデスクに頬杖をつく。先ほどの大人な雰囲気は霧散し、またいつもの悪たれ坊主みたいな顔つきに戻っている。
「――五年前のガートルードは、華奢で頼りない子供だった。俺さぁ……子供はすぐ泣きそうだし、怪我をしそうだし、苦手だ」
キース殿下らしい言い草に、フルーリエン伯爵は微かに口角を持ち上げていた。
聞き手であるフルーリエン伯爵の青緑色の虹彩には少しだけ悪戯な光が宿っていて、端正な佇まいの彼が、この会話を心から楽しんでいるのが見て取れた。
品があり、頭もズバ抜けて良いフルーリエン伯爵は、キース殿下の馬鹿げた物言いを、時折たまらなく愉快に感じることがあるのだ。
キース殿下がツラツラと続ける。
「ガートルードは蜂蜜みたいな髪に、金色の虹彩でさぁ……ちょっと不思議な感じはしたな。いやぁ、でも」
それから吐きそうな顔になる。
「ないない――ないわぁ。当時は正真正銘のガキだぜ、あれ。あー、クソ気持ち悪ぃな、ロリコン公爵。あんな弱っちそうなガキとさ、目の色変えて結婚したいとか、正気かよ」
「まぁそれについては私も同意です」
「だよなぁ? お前も俺同様、おっぱいでかいねーちゃん好きだもんなぁ。そもそもお前、熟女好きだったっけな」
「胸の大きさで女性を判断したことはありません。あと、熟女好きでもないです」
「あ、そっかぁ……? あと腐れない既婚者と遊んでるから、必然的に相手の年齢層が高くなっているだけか」
「さっきからどうでもいい話をしていますね」
「そうだけどさ、ガキにマジ恋のロブソン公爵、イカレてるよなーと思って」
キース殿下が鼻のつけ根に皴を寄せる。
「とにかくまぁ、今のガートルードは二十歳だろ? ――いい加減、クソロリコン公爵の趣味から外れたんじゃないか? このあいだ遠目であの女を見たんだよ――そしたら胸もでかくなっていたし、エッチな店のねーちゃんみたいだったぞ。あんなに育っちまったら、クソ馬鹿ロリコン公爵はガッカリして、地面に四つん這いだろうな。ざまぁ」
「――キース殿下」
これまで自由に泳がせていたのに、ここでなぜかフルーリエン伯爵の声音が冷たくなった。
キース殿下は片眉を軽く持ち上げ、腹心の部下、兼、友人の、端正な顔を眺める。
うーむ……この男は普段まったく細かいことにこだわらないくせに、なぜかこの手の発言を嫌う。たぶん先の発言の中で『胸もでかくなっていたし』『エッチな店のねーちゃんみたい』がアウトだったんだろうな。一般論なら流すが、ガートルード個人の話題だったから注意をした。
クールで、イケメンで、常識人で、フェミニスト、ってか。お前、そんなタマじゃねぇだろ。――クソだな、おい。これ以上モテてどうする気だ。
「なんだよ、ここには俺とお前しかいないんだから、何言ったって別にいいだろう」
「人前ではちゃんと控えている――みたいな言い方ですね」
どういう訳か、ここでフルーリエン伯爵のSっ気が発動。
「…………」
キース殿下は思わず顎を引く。
「キース殿下、あなたは公私の使い分け、全然できていないですからね」
「おい、だからなんだっつーの。俺は悪口も賞賛も、堂々と口にする主義なんだ。陰でも言うけど、本人にも言う。俺は自由でありたい」
「そういうところですよ」
「そういうところってなんだ」
「キース殿下、あなたはご自身が女性からなんと言われているか、ご存知ですか」
「……なんだよ?」
「――心は永遠の十四歳。思春期男子」
キース殿下は絶句し、目元を引き攣らせた。
不意を突かれていた彼の表情が徐々に変わっていく。キース殿下の顔つきが殺人鬼のそれになった。
「おい、無礼者! 俺は今二十五歳だ!」
「存じています。外見はちゃんと二十代です」
「俺を十四歳呼ばわりした女、全員連れて来い!」
「だから、そういうところですよ」
「――殺す。全員、殺す」