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五年前(キース殿下とカリディア侯爵)①


 ――五年前。


 ガートルードの父であるカリディア侯爵が、キース殿下の執務室にやって来た。


 向かい合わせのソファを勧めると、腰を下ろしたカリディア侯爵はすぐに本題に入った。


「キース殿下――妹君のエスメ王女殿下が、聖女としてグラッドストン大聖堂に入る予定と伺いました」


 キース殿下は『やはりその話か』と思いながら、頷いてみせる。


「そうだ」


 それを聞いたカリディア侯爵の顔が歪む。彼は顔色が悪くやつれて見えた。


「……空きが出たひと枠、私も狙っていたのです」


「そうか」


 彼の事情はなんとなく知っているが、どうにもできない。


 キース殿下は内心同情したものの、それを顔には出さなかった。


 カリディア侯爵が国王陛下ではなく、相談相手に王太子である自分を選んだ理由はよく分からない。今追い詰められているカリディア侯爵は、率直な相手と話をしたかったのだろうか。


 キース殿下が苛烈であることは百も承知のはずなので、年若い青年だからなんとか丸め込めるというような、雑な計算をしてここへ来たわけではないだろう。


 カリディア侯爵が苦しそうに口を開く。


「――そのひと枠、譲っていただくことはできませんか」


「だめだ。グラッドストン大聖堂の聖女枠は四つ――やっとひとつ空きが出た。妹は今、そこに入る必要がある」


「しかしエスメ王女殿下はまだ十一歳、もっとあとでも」


「……だめだ。理由は貴殿にも分かっているはず――ロブソン公爵の暴走は、王家でも止められない。彼に狙いをつけられる前に、早めに妹をグラッドストン大聖堂に入れておかないと危険だ。ここで五年稼げれば、そのあいだに態勢を整えられるから、あとは俺が片をつける」


 キース殿下は静かに説明した。普段は粗暴な彼が神妙な顔をしている。


『五年後に片をつける』というのは、『今』困っているカリディア侯爵にはなんの慰めにもならない。それはキース殿下にもよく分かっていた。『あなたの娘ガートルードは助けることができない』という宣告にほかならないのだから。


 ――グラッドストン大聖堂には『常時四名の聖女を置く』という特殊な制度がある。『最低』四名でも、『上限』四名でもなく、『ちょうど』四名。


 これは有期で、『期間五年』という定め――つまり聖女になってから、その後五年間は大聖堂に身柄を拘束されることになる。聖女は『貞潔』の誓いを立てるので、この間、結婚することは許されない。


 聖女の称号は経歴上いくらかプラスに働くので、『娘を聖女にしたい』と考えるお堅い名家は、昔からあるにはあった。しかし拘束期間が五年と長いため、これまではあまり人気がなかった。下級貴族の三女あたりが、のちの縁談で有利になるかと期待して、入りたがるくらいで。


 人気がない役務ゆえ、昔は試験も特になかった。――本来聖女とは、『夢見の能力がある』だとか『癒しの魔法が使える』だとか、それなりの適性は必要なはずなのだが、なり手が少ない時代は無能力でも免除された。


 ――ところがロブソン公爵の特殊性癖が知れ渡った十年程前から、状況が一変する。この聖女枠が大人気になったのだ。『五年間、結婚することは許されない』というデメリットが、『五年間、ロブソン公爵の手が届かないところで安全に隔離される』というメリットに変わった。ロブソン公爵がどんなにすごい権力を持っていようが、グラッドストン大聖堂内にその力は及ばない。


 十代前半の美しい娘を持つ親は、枠がひとつ空き次第、必死でこれを押さえにいく――グラッドストン大聖堂で五年間護られれば、娘の体は十分に育ちきるから、ロブソン公爵の好みから外れることができる。


 ロブソン公爵に捕まってしまえば、入籍後二、三年は若い体をむさぼられ、成長したら手酷く捨てられるのは分かりきっているので、そんなことはまともな親なら到底許容できない。それに政治的な観点で考えてみた場合も、ポイ捨てされたあと娘が実家に出戻って、その後はもうどこへも嫁げそうにないのだから、長い目で見ると益がないのである。


 大抵の貴族令嬢にとっては、『ロブソン公爵に見初められる』イコール『悲惨な事故に遭って死ぬ』のと同意であった。とにかく彼に狙われる前に聖女にしてしまうのが一番だ。


 ――ガートルードはあと数年早くグラッドストン大聖堂に入るべきだった。これは父であるカリディア侯爵の手落ちである。


 確かに彼の見通しは甘かったが、それでも同情すべき点もあった。


 というのも、問題のロブソン公爵には一年前から夢中になっている十三歳の子爵令嬢がおり、その家は経済的に困窮していたので、双方合意の上、ふたりは近々入籍する予定になっていたのだ。もちろん婚約も済んでいる――だからカリディア侯爵は『うちの娘はもう安心だ』と考えてしまった。それで知人が主催するガーデンパーティに出席させた。


 しかし興味本位でガートルードを見に行ったロブソン公爵は、その場で胸を射抜かれた。


 ――運命だ、彼は知人にそう語ったという。


 彼の行動は早く、すでに決まっていた子爵令嬢との婚約を破棄して、ガートルードへ狙いを定める。娘を狙われたカリディア侯爵は戦慄した。



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