キース殿下の悪態
王太子キース殿下の執務室。
「へぇ――ガートルード・カリディアに接触したのか。それで、どうよ?」
つっけんどんで、ガサツな声。
お育ちが良いわりに、キース殿下には独特の雰囲気がある。野性の狼のような、剥き出しの猛々しさが。
サラサラのプラチナブロンドに、薄灰の瞳、整った顔立ちは、黙ってお行儀良くしてさえいれば、端正であるのに、なぜか。
口を開いた途端に大抵の女性が青褪めて、潮が引くように逃げていく――キース殿下とはそういう人である。女性がいる公の場でも、こうして腹心の部下とサシで話している時でも、彼の態度は何も変わらない。
二十五歳とまだ年若く、美形、独身、王太子――この好条件が揃っているのに壊滅的にモテないというのは、歴史を千年ばかり振り返ってみても、なかなか発見できないレアケースなのではないだろうか。
対し、彼の右腕であるフルーリエン伯爵は、物腰はスマートで知的、すべてが洗練されている。
キース殿下の二歳下で、二十三歳、独身。
高価なインペリアルトパーズのような、輝くオレンジ色の髪がトレードマークの彼。
端正で、落ち着いているからこそなのか、抑えた色気のようなものがある。
これほど目立つ存在であるのに、彼の私生活はヴェールに包まれていた。特定の女性と噂になったこともないし、ギャンブルに嵌まっているなどの無茶をしている噂も聞かない。
――とはいえ彼は、見た目ほど品行公正なわけではなかった。それでいて人となりがまるで掴めないということは、恐ろしく用心深い性格をしているということだ。
「重大なトラブルに巻き込まれているのは間違いがないようです」
フルーリエン伯爵は慎重に切り出した。――ガートルード・カリディア侯爵令嬢の身に起きている(らしき)ことは、ひとことで簡単に説明できそうにない。
キース殿下は眉根を寄せ、椅子の背に半身で寄りかかる。大層態度が悪い。
「だけどそれは五年前からだろ」
「そうですね」
「可哀想だが、『ロリコン公爵』に目をつけられちまったのが、運の尽きだな」
「キース殿下――『ロブソン公爵』です。――ジョナス・ロブソン公爵」
フルーリエン伯爵がキース殿下の言葉遊び(?)を注意する。
「ジョーダンナシデ・ロリコン公爵」
……言い間違いが悪化した。
フルーリエン伯爵が半目で呆れると、キース殿下はそれを見て不機嫌そうに舌打ちする。
「ていうかあの女、もう二十歳だろう? 十五で聖女になってから、五年たつんだから」
「ええ」
「五年前、ガートルードの父親は上手いこと切り抜けたな。今思い返してみても、あれは見事な手際だった」
カリディア侯爵は慎重な性格らしく、ガートルードが子供のうちは、表に一切娘を出さなかった。
ところがガートルードが十五歳になり、そろそろ外の世界に慣れさせる必要があると、知人が主催するガーデンパーティに出席させたことで、最悪な男に目をつけられてしまう。
本来その男はガーデンパーティに招待されていなかったのに、ガートルードが現れるとどこかで聞きつけたようで、呼ばれてもいないのに顔を出したのだ。
――男の名は、ジョナス・ロブソン公爵。
彼は十代前半の少女にしか興味を示さないことで有名だった。現在三十二歳なので、当時(五年前)は二十七歳。神経質な感じはするものの、外見が悪いわけではないので、言い寄ってくる大人の女性はそれなりにいるようだ。けれど彼は年相応の相手にはまるで食指が動かないらしい。
そして周囲にとって大変不幸なことに、ロブソン公爵は莫大な金と、絶大な権力を持っていた。
格上のロブソン公爵がガートルードを本気で欲したので、彼女の父であるカリディア侯爵は追い詰められた。
――そして五年前、カリディア侯爵はキース殿下に会いに来たのだ。
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